「──で、今回もさっそく溺愛されちゃってるわけだ。お前は男を惑わす天才なの?」

 三時限目が終わったあとの休み時間、真人に昨日の出来事を話したら、案の定食いついてきた。友達に危機が迫っているというのに、面白がられているのが腑に落ちない。

「その言い方やめろよ」

「まあ……きっぱり断れないのも問題だと思うけどな。意地でも断ればよかったじゃん。一言も話さないとかさ」

「なんかあいつの圧が強くて」

「へ~どんな人なのか余計に気になる」

「ってか、なんで俺? そんな女顔なのかな」

 あそこまでイケメンなら引く手数多だろう。もし真人が言うように、そういう恋愛的な意味で好意を持たれているのだとしたら、俺が好かれる理由が分からない。初対面で「触るな」と手を振り払った男だぞ。普通、仲良くなりたいと思うかよ?

「いや~? 碧は女顔ではないね。綺麗だけど。目もなんかアイドルみたいにキラキラしてるし」

「してない」

「華があるっていうかさ。男にモテるのも分かる気がする」

「それ褒めてんの?」

「てか、一緒にご飯食べようだなんて完全に下心あるよな~」

「いやだから、多分そういうんじゃ……ないって……たぶん」

 前にストーカーしてきた男は、如何にも性的な対象で見てます、って感じで常に見つめてきた。会う度に鳥肌が立ったし、物凄い嫌悪感を抱いていた。
 でも──あいつにはそれがない。昨日はしつこかったけど、特にねっとりした視線で見てくるわけでも、気持ち悪い触り方をしてくるわけでもない。もしかしたら、これが美貌を持つ男と、そうでない男との違いなのだろうか。

「今日そいつのこと見に行ってもいい? 隠れるから」

「嫌だ。来るなよ。絶対からかうだろ」

「え〜行きたい。そのとんでもなく美形で、碧くんのことが大好きな男がどんなのか見たい!」

 真人はくふふっと笑って企むような顔をした。完全に今の状況を面白がってやがる。
 腹立つが、ストーカー男に困っていたときに何度も助けてもらってるから何も言えない。

「見に来ても絶対に口出しするなよ。面倒だし」

「わかってるって、そいつが襲いそうになったら助けてやるから。任せろ」

 襲われるようなことがあったら、まず真人に頼るよりも通報だ。

 昼休みの時間になって十五分ほど過ぎてから、高松は約束通り学校の前の公園に現れた。
 駐輪場がある駅から電車で反対側のところにある学校から来たと考えると、相当急いで来たのだろう。なのに──男は額に汗を滲ませつつも、苦労を感じさせない満開の笑顔を見せた。

「碧くん! 遅くなってごめんね」

 つくづく変なやつだと思う。こういう見た目の男達は、鞄をリュックのように背負い、地面につくギリギリの長いスボンを履いてローファーの踵を削りながら歩いてくる。そんなイメージを持っていた。
 なんだか、騙された気分だ。どう考えてもこの男は服装と中身が合っていない。

「良かった、忘れられてなくて。まだ食べてないよね?」

 お前が一緒に食べたいと言ったのに、先に食べる訳あるか。そう言いかけたけど、真剣な面持ちで聞かれて拍子抜けする。どうやら本気で先に食べてしまってないか心配しているらしい。なんだこいつ。

「まだ食ってない。だから死ぬほど腹が減ってる」

 無性に意地悪したくなった。大して怒ってないけど、もっとこいつの、眉をハの字に曲げた情けない顔を見てみたい。
 高松は「ごめん……」と今にも地面に埋まりそうな声で謝り、肩を縮こませた。

「飯買いに行ってくる」

 早くしないと売店で売ってる飯が売り切れになる。高松がいつ来るか分からないから、買いにも行けずに待っていたのだ。我ながら真面目だと思う。

「あ、あのさ。これ……食べてもらえないかな」

 高松は恐る恐る鞄のチャックを開け、中から大きめの巾着を取り出した。水玉模様が描かれたそれから、目を引くピンク色の二段弁当が出てくる。
 派手すぎる。言ったら悪いが、これまたセンスがない柄と色だ。

「ふっ」 

 あまりのギャップに思わず吹き出してしまった。高松が不思議そうに首をひねる。
(なんか……こいつ、ちょっとズレてる?)
 正直、高松のようなチャラい陽キャがこんな弁当箱を持ってくるとは想像もしていなかった。
 ──というか、待てよ。こいつ今、「食べてくれないかな」って言ったか?

「お弁当作ったから、よかったら食べて」

 派手なピンク色の弁当箱を差し出される。俺は高松の顔とそれを交互に見て瞠目した。まさか、男から手作り弁当を渡される日が来るとは。しかもこいつは、料理まで出来るのかよ。
 俺が唖然として弁当箱を見つめていると、それをさらに近づけられた。

「悪いけど、お前のこと何も知らないし、そういうのは無理」

「……そっか」

 何が入ってるか分からない。こいつがもしストーカー男と同じ素質を持っていたら、髪の毛や爪でも入っているかもしれない。
 高松は弁当を持ったまま大袈裟なほど肩を丸めた。「残念だな……」という小さな声がぼそりと聞こえる。
 そんなに分かりやすく落ち込むなよと横目で見つつ、俺は売店に小走りで買いに行った。休憩時間は短い。早く食べないと終わってしまう。

 校舎の地下にある売店まで買いに行ったから、少なくとも五分はかかったのに、高松はベンチに行儀よく座ったままお弁当箱を抱えていた。しかも一切手をつけずに。まるで、待てをされた犬のようだった。

「おい。なんで食べてないんだよ」

 こいつが戻る時間も含めたらもうあまり時間が残ってないというのに、何をやっているんだ?

「碧くんと一緒に食べたくて」

 へへっと笑みを浮かべたあと、ようやくお弁当箱を開ける。呆れを通り越してもはや苛立ちすら覚えた。

「……あっそう」

 本当に意味が分からない。何なんだよこいつ。
 鞄の中を盗み見た。さっき俺に渡そうとしていたピンク色の弁当が入っている。ということは、やはり初めから俺に食べてもらうつもりだったのだろう。唐揚げを頬張りながら、自然と溜息が出た。

「好きなのか? そういう……派手な色とか。自転車もピンクじゃん」

「うーん、別に好きではないかな。母親が昔使ってたやつ借りてるんだ。お弁当も毎日作ってるわけじゃないから、わざわざ買うの勿体ないかなと思って。家にたくさんあるし」

「まじで?」

「自転車は十年前に買ったやつらしくてさ。最近漕ぐたびに変な音鳴るから困ってる」

「ええ……」

 驚きすぎて何と返事をすればいいのか迷う。かなり趣味が悪いと思っていたが、弁当箱も自転車も母親のものを借りていたなんて──、想像もしていなかった。
 過去の、理由も知らず馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。こんな見た目がチャラい男に、まさか家庭的な一面があるとは普通思わないだろう。

 かなり偏見を持っていたが、こうやって話してみると意外に悪い人ではない気がする。

「お前は関城高校……だっけ。何年?」

「うん、二年生だよ。碧くんと同じ」

「なんで知ってんだよ。怖」

「あっ、ごめん。駐輪場の鈴木さんに聞いちゃった」

 あのじいさん勝手に俺の情報を教えたのか。知らないところで話をされてそうだ、気をつけないと。

 昼休みが終わるまで、残りわずかとなった。これが終わったらまた、自転車のラックがただ隣同士というだけの関係に戻る。なんとなくそれは勿体ないような気がしなくもないような──。

「じゃあ……そろそろ戻るけど」

 言った途端、高松が目を伏せて寂しそうな顔をした。感情が手に取るように分かる。本当に人懐っこい犬みたいな男だ。

「うん。また明日来るね」

「は? あ、明日?」

「え……っと、これから毎日一緒に食べようって誘ったつもりだったんだけど……だめ?」

 俺らはほぼ初対面だった。なのになんでこいつは、俺と毎日一緒に昼飯を食べたいと思ったんだ?
 思考が理解できない。というか普通、今日の昼飯だけ誘われたと思うだろう。

「俺の友達はどうなるんだよ。俺がお前と食べたら、そいつが一人で食べることになるだろ。今日はお願いされたから来たけど」

 言い方が冷たかったかもしれない。言い終わる前に、どんどん高松の口角と眉は下がっていき、わかりやすいほど体が萎んだ。

「ああ……俺、なにも考えてなかった。そうだよね。本当にごめん」

「いや、まあ」

 そこまで真剣な顔で謝られたら、なんとなく気まずい。大した理由もないのに友達を言い訳にしたこちらが悪いような気さえしてくる。

「碧くん。今日はありがとう。またいつか会ったら、挨拶くらいはしてもいいかな」

「え?」

「……挨拶もだめ?」

 身長が高いくせに子犬のような上目遣いで見つめてきた男を目の前に、俺は狼狽えた。まさかそんなあっさり引くとは思ってなかったからだ。

「いや、まあ挨拶はいいけど、昼飯いいのかよ」

「碧くんはその友だちと食べたいんだよね? それなら諦める。迷惑かけたくないし」

 なんだよそれ。そんな簡単に諦めるのかよ。

「……別にいい」

「え?」

「だから、昼飯一緒に食べてもいいって言ってんの! じゃあな」

「あっ碧くん……」

 あー、馬鹿だ俺。なんでそんなことを言ったんだよ。思考と行動が矛盾しすぎじゃないのか。苦手なタイプの男と飯なんか食べてどうする。
 そう思うのに──、粘る素振りすら見せなかった男になぜか無性に苛ついて、勢いで口から余計な言葉が出てしまった。



 昨日、帰ったあとも無駄にあいつのことばかり考えてしまって自己嫌悪に陥っていたら、今日も朝からバッタリ会って気まずい思いをした。

「初デートはどうだった?」

「デートって言うな」

 キモい表現をされたので、仕返しに頭の鳥の巣に手を突っ込んでかき乱す。

「おいやめろっ! てかそんな顔してどうしたんだよ。遠くからしか見てないけど、めちゃくちゃイケメンだったじゃん。ストーカーではなさそうだし」

「真人やっぱ見に来てたの?」

「そりゃあ気になるもん」

「悪趣味だな」

「で、どうだった」

「どうって……別になにもないけど」

「隠すなよ〜告白とかされた?」

「だから、されてない。大体あいつは別に俺のこと……」

 言いかけて、言葉に詰まった。高松はそういう意味で俺のことが好きなのだろうか?
 告白はされてない。でも、あんな手作り弁当を作ってきたことを考えると──、もしかしたら可能性はあるかもしれない。

「じゃあ告られたらどうすんの」

「それは」

 そんなこと聞かれても困る。今まで同性を好きになった経験はないし、なによりまだあいつのことをよく知らない。そんな状態で告白されたところで、断る以外に選択肢はあるだろうか。

「俺は男いけるかどうかも分かんないし」

「付き合ってみないとそれこそ分からないと思うけどなあ。てか今日はどうする? イケメン君と食べるならいいよ、俺は別クラ行くから」

「んー……」

「なに、その煮えきらない返事は」

「これから毎日あいつと食べるって、約束しちまった」

「え?!」

「まじで後悔してる」

「なんだ~碧も結構その気じゃん」

「違う」

 今朝、駐輪場で会った時──あいつはこっちの気持ちも知らず、それはそれは爽やかな顔で笑いかけてきた。「今日行くからね」と嬉しそうに言われたのが恥ずかしくて、ろくに返事もしないままそこを離れた。

「なあ、噂してたら来たっぽくね? お前の王子様」

「は? なんでわかんの」

「校門あたりで女子が騒いでる」

 ほら、と真人が窓の外を指差す。距離が遠くてあまり見えないが、確かに女子が何人か校門近くに集まっている。

「あいつ何やってんだ……」

 真人が面白がって高松のことを変な仇名で呼んだことは置いておいておこう。そんなことより問題はあいつだ。
 あんな目立つ容姿で、しかも校門でうろついていたら、そりゃあ注目の的になる。嫌がらせでやってるのかと思ったが、あの性格を考えるとただ無自覚なだけだろう。

 校門が見える場所に移動して目を凝らす。高松が肩に掛けた鞄の紐をぎゅっと握りしめて、校門のすぐ前に立っているのが確認できた。
 その周りには、どこからかイケメンを嗅ぎつけた女子達が群がっている。
 別にいいじゃないか。あいつが女子にモテようが──俺には関係ないことだ。そう分かっていても、なんだか気に食わなかった。

 階段を駆け下りて高松の腕を掴む。半ば強引に公園まで引っ張ってきたが、その間ずっと高松は狼狽えていた。

「あ、碧くん」

「もう二度とあんなことするな」

「……ごめん」

「何であそこまで来たんだよ」

「最初はここに来たんだけど、碧くんいなかったから……忘れちゃってるかなと思って、不安で」

「だからってお前な……」

 どんどん項垂れていく男の後頭部を眺める。ふと、自分はなぜこんなに腹を立てているのかと我に返った。

 高松は昨日と同じように鞄から二つの巾着を取り出した。片方を抱えたまま、動こうとしない。

「……早く食べれば?」

 大事そうに抱えている弁当箱を顎で指さすと、あからさまに肩が揺れた。微かに震えている指がそれを持ち上げる。

「あ、これ、は」

 高松は目を左右に泳がせた後、はあ……と長い溜め息を弁当箱にぶつけた。
 手をつけないまま鞄の中に戻そうとしてるのを見て、出すつもりのなかった声が滑り出る。

「それ俺に作ったやつ?」

 驚いたようにこちらを見た。素直に頷くのが可愛らしくてつい、また余計な言葉が出てしまう。

「だったら食べる」

「え!?」

「驚きすぎ」

「いや、だ、だって」

 こいつが驚くのも分かる。昨日は平気で断った男が、次の日になったらあっさり食べると言うのだから。

「これから購買行っても食べる時間ないし」

「あ……だよね。でも、嬉しい。美味しくなかったら残していいから」

 差し出された弁当を受け取り、蓋を開けてみる。まあ、男子高校生が作る弁当なんてたかが知れているだろう。そう思っていた──が、いい意味で想像を越えてきた。
 下段には海苔が乗ったご飯が敷き詰められていて、上段に入っているものはアスパラの肉巻きや卵焼き、ポテトサラダ、プチトマトなど。見た目も鮮やかで綺麗だ。こいつが作ったとは到底思えない。

「……これ本当にお前が作ったの」

「うん。親が仕事忙しくて、朝大変そうだからよく自分で作ってるんだ。料理は普通に好きだし」

 そう言って恥ずかしそうに高松は頭を掻いた。自分で弁当を作ってるなんて信じられない。どんだけ意識が高いんだ。俺だったらコンビニか購買で買うのに。

「苦手なのあったら残して。味は大丈夫?」

 大丈夫どころか、味も見た目通りめちゃくちゃ美味しい──とは本人に言えない。

「まあ……平気」

「ありがとう」

(なんでお前がお礼を言うんだよ。どう考えても俺が言う場面だろ。なんだよこいつ)
 高松は嫌な人間じゃない。優しいし、真面目で悪い要素が今のところ見当たらない。でも、こいつを前にすると素直になれないのはなぜだろう。

「……そういえば、なんで髪染めてんの? 校則が緩いのか? 服装もチャラいし」

 この男を知れば知るほど、よくわからなくなる。性格が見た目とまるで合っていない。

「髪の毛は染めてないよ。昔から地毛が明るくてよく怒られるんだ……っていうか、えっチャラい? お、俺が?」

「制服ちゃんと着てないじゃん。なんつーか、だらしないっていうか。髪もそれだし」

「そ、そんな風に見えてたんだ。うわあ……」

「……自覚なかったのかよ」
 
「へへ。昔からそういうのに興味なくて、友だちにこうした方がいいって教えてもらったんだ。俺の学校はこういう格好の人が多いから、これが流行りなのかと思ってた」

 碧くんは学ラン着てるから分からなかったし、と高松が続けて言う。
 俺は言葉が出なかった。内心、本当にこういう人間がいるんだと驚愕する。この容姿で見た目に興味ないのは、もはや嫌味に聞こえる。でも、理由を聞いて腑に落ちた。弁当といい、高松の言動といい、たった数回会っただけで分かる。こいつは良い人だ。
 容姿に興味ない──ということは、好きでこのルーズさを演出してるわけではないということか。

 食べ終わった弁当箱をベンチに置いて、高松の腕を引いて立たせる。「えっ?」と明らかに困惑した声が落ちてきたが、気にしない。目の前に立った男の制服に手を伸ばす。

「あ、碧くん……っ」

「ちょっと動くな。お前を普通の高校生にしてやるから」

 外に出されたワイシャツをスラックスの中に押し込み、緩いネクタイを結び直す。そしてシャツの第二ボタンを留めることも忘れない。最後の仕上げに、ブレザーの前ボタンを一つだけ締めておいた。
 やっぱり思っていた通り、格好さえ整えれば、モデルのようなスタイルのいい身体が際立つ。これでいつでも高校のパンフレットに出られそうだ。

「よし。こっちのほうがいい。それと髪の毛も」

 俺の目線より高い位置にある、無駄にうねった髪の毛に手を伸ばす。染めていないから、たしかに傷んではいない。けどワックスで固められていて、今はどうやっても直せない。

「え……っと」

「せっかく綺麗な髪なんだから固めるの止めれば? 勿体ないと思うけど」

 目の前にある顔がどんどん赤くなっていくのが分かって、俺は咄嗟に手を止めた。
(あ、やべ……)
 身なりを直すことに夢中になりすぎてしまった。さすがに、これは距離が近いと思われた気がする。

「う、ん。碧くんがそう言うなら、やめるよ」

 高松がぎこちなく笑う。それを見て、ふと真人が言っていたことを思い出した。もしかしたら、本当にこいつは俺のことが気になっているのかもしれない。

「お前……俺のこと好きなの?」

「え」

 あれか、こういうのって、あまり直接言わないようにするべきなのか? 恋愛経験がないせいで、こういう時どうすればいいのか分からない。

「自意識過剰だったらごめん」

「いや、えっと……好き、だと思う」

 聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。パッと俯いた顔はさっきより赤くなっていて、見ているこっちが恥ずかしさに叫び出してしまいそうだ。

「悪いけど俺、男好きになれるか自分でもわからない」

 高松が意外と誠実で、しかも料理上手という内面を知って、なんかいいと思った。けど、それが恋愛感情になるかどうかはまた別の話だ。このまま曖昧な状態で付き合ったとしても、結局こいつを傷つけることになる。

「うん、わかってる。大丈夫」

 高松は大した反応はしなかった。眉すら動かさず、ただ僅かに瞼を軽く伏せている。

「だから……もう、こういう飯とかも──」

「待って。友だちでもいいから、もっと碧くんと一緒にいたい」

「……友達?」

「お願い。俺のこと好きになれなくてもいいから」

 気持ち悪いかもしれないけど……と蚊が鳴くような声で言った高松の瞳は、うるうる潤んでいる。まるで捨てられた子犬だ。しゅんと垂れた耳が見える気がする。図体はデカいのに、なんでこうも健気なんだろう。
 だめだ。こいつのこういう態度に、なぜか俺はとても弱い。犬好きだからだろうか。
 溜め息をつきながら「わかった」と頷いたら、ぱあっと急に笑顔になった。表情がころころ変わる、変なやつだ。