「は?颯斗(はやと)なんで私の分奢らないの?男のくせに」

 「男だから払わなきゃいけないとかなくない?」

 「いや、女の子はここに来るまでにメイクとか服とか交通費とかで色々お金と時間と労力を使ってるんだからさ、普通男が全額払うでしょ」

 「何言ってるの?メイクも服も結愛(ゆあ)が自分の為にやってることだし、交通費とかこっちも払ってるし。なんならこっちの方が家から遠いから多く払って来てるし。関係ないでしょ」

 「いやいや、こっちは颯斗とのデートのためにわざわざ新しい服買ってさ、早起きしてメイク整えてさ、きちんと時間通りに着けるように来てるのよ。それだけやってくれてる私に感謝とか無いの?あるなら普通奢るよね?」

 「感謝はしてるし、嬉しく思うよ。でもそれとこれとは話が違うじゃん。時間通りに来るとか常識だし」

 「何が違うのよ!私は颯斗の為にやってあげてるの!颯斗の隣で歩く彼女がブスでノーメイクで汚い服着てて平気で遅刻してくるような奴だったら嫌でしょ?!だからこっちが一生懸命やってあげてるのよ!!」

 「は?俺そんなこと一度も頼んでないけど?なのに『やってあげてる』って何?何様のつもりな訳?」

 「彼女様よ!颯斗の!彼女様!!頼んでなくったってどうせそう思ってるだろうからそれを汲んでるの!なんでそれが分からないの?!」

 「いやわかんねぇよ。俺が思ってもないことを『汲んでる』なんて言われても何も嬉しくないし理解できねぇよ。ほんとなんなの?ダルいんだけど」

 「ダルいって何よ!!そもそもはと言えば颯斗が私の分奢らないからでしょ?!さっさと払えばいいじゃない!!そうすればこんな不毛な話もしなくて済むのよ!!」

 「あーはいはいそーですかそーですか。払えばいいんだろ?じゃあ払ってやるよ。その代わりもう帰る。めんどくさい。別れようぜ」

 「ちょ、なんでそうなるのよ!帰らなくても、別れなくてもいいじゃない!!なんでよ!!」

 「決まってるだろ。価値観が決定的に合わないからだよ。もう無理。さすがに冷めた。ほら、こんだけあれば足りるだろ。お釣りはやるよ。だから、帰る。こんな哀れな奴とは思わなかったよ。もう結愛の彼氏でいたくない」

 「ちょっと、待ちなさいよ!ちょっと!!哀れって何よ!!どこ行くのよ!!!あ、店員さん……。あ、はい、はい、そうですよね、すみません……。えっと、あの、あ、お会計お願いできますか?」

   ◇  ◆  ◇

 「でね、彼氏とは結局別れることになっちゃったんだよね……」

 「あちゃー……それは……辛いね……」

 「ねぇ、知歌(ともか)は私の言うこと分かってくれるよね? ね?同じ女の子だもんね?」

 「うーん……言ってることは理解できるよ。でも、うちは結愛の意見には賛同できないかな」

 「え、なんで?!知歌は私の友達じゃないの?!なんで男の味方するの!?ねぇ!なんでよ!」

 「ちょ、まぁ、一旦落ち着いて。ちゃんと理由はあるから。一旦座って、話聞いて?」

 「…………わかった」

 「ありがと。じゃあ改めて言うけど、うちは結愛の言うことには賛成できないかな。確かに結愛の言う通り、女子の方がメイクとか服にお金かけてるって印象はあるよね。そして、それを『彼氏の為』って言う気持ちも分からなくはない。大好きな彼氏に見合うように、大好きな彼氏の隣に並んで歩いて彼氏が恥ずかしくないように、街を歩いている他の女子にマウントを取れるように、どうにかして『可愛い彼女』を作り上げて彼氏の前に行く。そうしたい感情はわかるしうちもそう考えてたことがある」

 「……じゃあ今は無いの?」

 「そうだね、今はほとんど無いかな。完全に無くなった訳ではないけどね。彼氏の隣で、世界で一番可愛くいたいっていう思いは少なからずあるし、周りの女子より上でいたいって気持ちもある。そんなの無くなりっこないよ」

 「じゃあ私の言うことに賛成してくれるはずじゃないの?」

 「ううん。結愛の彼氏、いや、元彼の言う通り、それとこれとは別の話だとうちは思う。そうやって思って行動するのは自由だよ。だけどね、それを『彼氏の為』っていう風に彼氏のせいにしちゃうのはダメだと思うな。結愛が自分で自主的にやっていることなんだから、自分で責任を取るべき行為だよ」

 「私は彼氏のせいになんかしてない!」

 「いや、彼氏のせいにしてるよ。結愛自身が『颯斗の為にやってあげてる』って言ってるじゃん。誰かの為にやってあげてるって言葉は、その行動の原因と責任を他人に押し付けてるからこそ出る言葉だよ。結愛自身はそうじゃないと思っているのかもしれないけれど、心の奥底の無意識下ではそう考えてるんだよ。じゃないとそんな言葉はそうそう出てこないよ」

 「……だとしても!私は!彼氏の為に!」

 「…………ねぇ、結愛にとって彼氏っていうのはどういう存在なの?」

 「どういう存在って、それは、大好きで、ずっと一緒にいてほしくて、ずっと仲良くしていたくて、何がなんでも手離したくない存在だよ」

 「それなら別に結愛の分の食事代を奢ってくれなくたってよくない?」

 「よくないよ!こっちはお金かけてるんだよ?!自腹切って綺麗に整えてきてるの!だから、男は女の子の分のお金くらい払って当然だよ!!そうじゃないと不平等じゃん!こっちばっかりお金使って男はお金使わないで!デートの費用くらい払うのが彼女に対する愛ってものじゃないの?!」

 「つまり、結愛は愛情はお金だと思ってるってことでいいの?」

 「違う!違うけど、愛情を表すのに一番わかりやすいのはお金だって言ってるのよ!!」

 「じゃあ結局男子が払う金額がイコール愛情の大きさってことじゃん?」

 「…………」

 「お金じゃなくても愛情を表す方法なんていくらでもあるよね?言葉もそう、行動もそう、記念日を覚えているっていう記憶もそう。記念日とかにくれるプレゼントとか、あるいは小説とか絵とかもそうかもしれない。愛情の表現方法なんて百人いたらそれこそ百通りあるよ。ただ、その中で唯一言えるのは、愛情がお金だと思っている人は間違いなく一番可哀想な生き物ってことだね」

 「何よそれ!知歌も私が哀れって言いたい訳?!」

 「別にそうじゃないよ。……ほんとに結愛の元彼は口下手だなぁ……」

 「どういうこと?」

 「颯斗くんはね、たぶんこう言いたかったんだと思う。『お金でしか愛を測れないような人間は本当の恋愛を知らない』ってね」

 「本当の恋愛?」

 「そう。運命の人とも言えるかな。そういう、心から愛せる人に出会えていないんだな、俺は結愛にとってそういう相手じゃなかったんだなっていう意味を込めて、颯斗くんは結愛に対しても自分に対しても『哀れ』って言ったんだと思うよ」

 「何それ。意味わかんないんだけど。私にとって颯斗は運命の人なんですけど」

 「残念だけどたぶん違うんだと思うよ」

 「なんで知歌にわかるの?そもそも知歌は運命の人に出会ったことある訳?」

 「あるよ。うちは今の彼氏が運命の人だと思ってる」

 「じゃあ運命の人とそうじゃない人の違いってなんなのよ?」

 「あくまでもうちの場合はだけど、運命の人に出会うとね、その人と一緒にいたい、手離したくないって思うのは当然のこと、相手のお願いを聞きたくなったり、お願いされなくても何かあげたり奢ったりしたくなっちゃうんだよね。でもそう思う割には別に彼氏からは言葉とか体で愛を伝えてくれれば十分、って感じちゃうかな。で、お互いにお互いを運命の人って感じているとお互いにそうなるから、お金の面で見ると結局割り勘ってところに行き着くのかなって思う。あるいは交互に奢る、とかね。どちらにせよ、片方だけが奢り続けるってことにはならないと思うよ」

 「ふん……」

 「それに、片方がずっとお金を負担し続けるのって将来を考えても良くないしね。今の時代、結婚してからもずっと片方の稼ぎだけでは暮らしていけないからね。夫婦が二人ともしっかり稼いで、お互いにお金を拠出しないと現実的に厳しいと思う。だから、デート中のお金を男だけが負担すればいいっていうのは将来が見えてないってことも暗にひけらかしちゃっている言動なんだよね。だから、こう言っちゃ悪いけど、もし今回持ちこたえて関係が続いていたとしてもいずれは別れることになっていたんじゃないかな。あくまでも予想の話だけどね」

 「…………そう。今回は私の運命の相手じゃなかった、だからこうなったって言いたいのね」

 「うーんとね、そうじゃないんだよね……。運命の人じゃなかったっていうのはそうだと思う。もっとね、本当に心から愛せる人ってのがいつか現れると思うよ。でも、別れた原因の直接的なところはそこじゃない」

 「じゃあ何よ」

 「結愛が子供だったから」

 「はぁ?!私が子供?!そんな訳ないじゃない!!何よそれ、バカにしてるの?!知歌サイッテー!!」

 「ううん、バカにしてるんじゃない。現実を伝えてるだけだよ。そうやって自分が納得できないことにはすぐにキレるのもまだ心が成長してない証拠だよ」

 「っ…………!」

 「あとはそうね、自分がやったことに対して露骨に見返りを求めることもそうかな。本当に心から愛してるんだったらそんなに執拗に見返りを求めるなんてしないだろうし、そもそもそんなこと心に浮かんでこないから口にもしないよね。あとは頼み方もそう。頼み事をする立場なのにあんなに横柄な態度でくるような人、自分の頼みとか立場が尊重されて然るべきと考えているような人はいくら歳を重ねていたって子供だよ。相手を思いやるっていう心が育ってないんだろうね」

 「………!」

 「恋愛ってのは要するに相手のことを想い、そして愛する気持ちだからね。ただ単に『好き』っていうのが恋愛じゃないんだよ」

 「…………何をそんな偉そうに言ってるのよ。さっきからウザいんだけど。知歌だって私と同じ歳でしょ?私が子供なら知歌も子供じゃない……!」

 「そうだよ。うちだってまだまだ子供だから恋愛の本質っていうのは見えてないと思う。でも少なくとも、恋愛には見返りがあるっていう考え方は無くなったかな。恋愛感情はこっちが勝手に抱いてるだけのものだからね。こっちが勝手に思ってることに『相手の為』っていう大義名分をくっつけてそれに対する相応の報酬を求めるなんて傲慢にもほどがあるよ。こう言うのは悪いけど、ほんとに颯斗くんの言う通り何様のつもりだよって話だね」

 「じゃあ何、見返りを求めちゃいけないわけ?!こんなに愛してるのに!!」

 「求めちゃいけないとは言ってないよ。心の中で求めることは別に悪いことじゃない。思うのはその人の自由だからね。でもそれを言葉にしたり態度に出したりして相手に押し付けがましく要求するのはダメだよ」

 「押し付けがましいって何よ押し付けがましいって!私そんなに失礼なことしてないわよ!!」

 「自覚ないかもしれないけどしてるんだよ。自分から『私はあなたにこれをやってあげてるからこれを見返りに寄越せ』っていうのは押し付けがましい行為でしかないでしょ。結愛がやられる側だったらどう思う?嫌じゃない?」

 「……それは……嫌、だ……」

 「でしょ?自分が嫌だと思うならそれを人にやっちゃダメだよ。それも、よりにもよって大事な彼氏に。颯斗くんはそりゃ冷めるよ。自分の彼女はこんな人だったのかって失望もしたかもしれない。まぁ、なるべくしてなった結末ってやつかな」

 「…………そこまで言わなくても、よくない……?」

 「いや、え、泣いてる?きつく言い過ぎちゃったかな、ごめんね」

 「……酷い。知歌、酷いよ。私たち友達じゃなかったの?なんでそんなに私のことを否定してくるの?ねぇ、なんで?」

 「結愛のことを否定している訳じゃないよ。ただ、そうするべきではなかったねって感じたことを伝えてるだけだよ」

 「ううん、違う!知歌は私のことを否定してる!私はただ話を聞いて欲しかっただけなのに!慰めて欲しかっただけなのに!酷いよ!散々私のこと否定して颯斗の肩持って!!」

 「だからそうじゃないんだって」

 「いや、そうだよ!!もう知らない!!私帰る!!」

 「あ、ちょ…………あーあ、帰っちゃった。……………………あれじゃあたぶん変わらないんだろうなぁ……………………」