後日来たルーベンスからの報告によると、その男はやはり前日捕まった反王制派の残党だったようで、まだ数名がどこかに潜んでいるということが分かった私は、学園と家の往復以外の外出を禁止された。
 普段から学園の行きも帰りも必ずルーベンスが迎えに来てくれているのであまり変わりはないけれど、やはり不安はある。

 さすがにそれを察してくれているのか、今は一時休戦で、ルーベンスからの婚約破棄の申し出は止まっている。

 そして卒業を翌日に迎えた最後の学園登園日。

「ネリアリア様、明日はいよいよ卒業式ですわね。最後までよろしくお願いします」
「えぇ。よろしくね」
 学友たちと挨拶をした後、私は一人教室に残って、職員室へ最後の打ち合わせに行った婚約者を待つ。

 王太子であるルーベンスは、明日の卒業式で卒業生代表のスピーチをする。
 そしてその後に城の大広間で行われる王家主催の卒業パーティで、私のエスコートをし、決定したばかりの半年後の結婚式について、大々的に宣言する。
 それが終わればもう、私たちは引き返すことはできなくなる。

「いよいよ、か……」

 誰もいなくなった教室に、私の声だけが響いた。

 明日で最後。
 もうここで学友たちと授業をきいたり、談笑することもない。
 王太子妃になれば、気軽に会うことだってできなくなる。王妃になればなおさら。
 そう思うと、すこしばかりしんみりとしてしまう。

「それにしてもルーベンス、遅いわね」
 少し段取りを確認してすぐ迎えに来ると言っていたのに、何かあったのかしら?
 この間の反王制派のこともあって不安になった私は、鞄を手に足早に教室を出た。


「まだ職員室かしら?」
 私が職員室へ向かう階段を一歩降りたその時──。

「──殿下……っ」
「!?」

 女性の高くか細い声が、ルーベンスを呼んだ。
 教員の声というには若い。おそらく生徒だろうけれど、ここからではよく見えない。
 私はスカートの裾をつまみ上げると、気配を消し、一段ずつ、慎重に階段を下りていく。
 そして現れたその光景に、私は思わず息を止めた。

「しっかりしろ。大丈夫だ。卒業しても、はぐくんできた愛というものは変わらない。だから安心しろ」
「はい……っ」
 泣いている女生徒はルーベンスの胸に顔を寄せ、ルーベンスが抱き留めている。

 誰?
 何なの? この状況は。
 はぐくんできた愛?
 この女生徒と?
 ならまさか、私に婚約破棄を突きつけ続けてきたのは……この方のため?

「っ……」
 私は息を詰まらせると、音を立てないようにそっとその場を離れた。

 無の状態で教室に戻って少ししてからしばらくして、ルーベンスは私を迎えに来た。
 それから何を言われても上の空状態で、ルーベンスの訝し気な視線を浴びながら、私は公爵家へと帰宅した。