「──なるほど。わかった。王都に帰ったら早急に資材を用意し、建物の修繕に人員を派遣しよう」
「ありがとうございます王太子殿下。お忙しいなか、お二人そろって慰問に来ていただいて……。子ども達も職員も、さぞ希望が持てたことでしょう」

 建物の中を視察し状況を確認した後、子ども達の授業に混ざって交流し、私たちは今、院長室で目下の問題点の整理をしていた。
 やっぱり一番は建物の修繕で、割れたガラスや壊された壁から夜は冷たい風が入り込み、寒さに耐え忍んでいるのだそう。
 ここのところ日中の寒気は落ち着いてきたとはいえまだまだ夜は寒い。
 ひとまず布や板で塞いではいても、隙間風が入るのだからたまったものではないだろう。

「自ら出向き国民の声を聴くのは当然のことだ。私も、父上のように他者の声を聴き動く王になりたいと思っている」
「……」
 その時隣にいるのは、私のままなのだろうか。
 ふと、そう疑問が浮かんでしまった。

 今のところボツを言い渡してはいるけれど、私が王妃になる事で不都合の出るような理由であれば、私は即刻婚約破棄を受け入れると決めている。
 もちろん、王妃になるためにたくさんの血のにじむような努力は重ねてきたし、自分が王妃になってルーベンスを支えたいという思いはある。
 だけどそれはあくまで私の都合と私自身の願望だ。

 私は、自分のことよりもまずは国民のことを考えなければならない。
 自分の意思や願望は全て押し殺して──。
 それが私の、高位貴族としての、そして次期王妃としての義務であり、矜持なのだから。

「──リ? ネリ?」
「!! ごめんなさい、何かしら」
 つい思考の海にダイブしていたわ。
 私を呼ぶ声に気づいて顔を上げれば、ルーベンスが訝しげにこちらを見ていた。

「話も終わったし、そろそろ帰ろう。帰ってすぐに父上に報告し、孤児院修繕に向けて指示を出す」
「えぇ、わかりましたわ」

 そこにはいつもの私に言い負かされているルーベンスはいない。
 しっかりと未来を見据え、やるべきことに目を向ける次期国王の姿がそこにあった。
 本来有能なのだ。この人は。
 たくさんの重いものを背負い、それを背負えるだけの自分でいようと勉学や武術にも励む努力家。
 そんなルーベンスを傍で支えていたいと思い始めてから、もう何年たったのだろうか。
 願わくばこれからもルーベンスの隣で支えるのは、私でありたい。


「では皆、風邪などひかないようにな」
「はーい!!」
「王太子殿下、ネリアリア様、ありがとうございました!!」

 見送りに外まで出てきてくれた子どもたちに別れを告げ、馬車に乗り込もうとした、その時だった──。

「ルーベンス・フォン・ロシナンテ!! ネリアリア・グレイス!! 覚悟!!」
 突然草むらから飛び出して来たのは、目と口元だけを出した状態で布で顔を覆った、恐らく男が、剣を持ち、私に向かって襲い掛かってきたのだ。

「ネリ!!」
「へ? ひゃぁっ!?」

 一瞬のことだった。
 男が私に近づき刃物を振り上げた瞬間、私のと男の間にルーベンスが入り、素早く抜いたその剣で男の刃を受け止めたのだ。

「ルーベンス!!」
「私のネリは────私が守るっ!!!!」

 カァンッッ!! カランカランカラン──……。

 ルーベンスが勢いよく愛剣を振るい男の剣を弾き飛ばし、その鋭く光る切っ先を男の喉元へと突きつけると、騎士達が急いで男を捕縛する。
 まさに一瞬の出来事だった。

「昨日の賊の残党だな?」
「くっ……」
「連れていけ」
「はっ!!」
 低く冷たい声で騎士達へと指示を出すと、男は引きずられるようにして両脇を抱えられ騎士達に連行された。

 突然の目まぐるしい展開に、頭が付いて行かない。
「ネリ、大丈夫か?」
 先ほどまでとは打って変わって柔らかい声が私を案ずる。
「え、えぇ……。大丈夫、ですわ。ありがとう、ルーベンス」
 ルーベンスがいなかったら、恐らく騎士達も間に合わずに私は切られて傷物になっていたことだろう。

 普段ヘタレのようだけれど真面目に鍛錬を続けていたルーベンスは、やっぱり強い。

「そうか……よかった。さ、行こう。先に公爵家に送り届けよう」
 そう言ってルーベンスは再び私の手を取り馬車にエスコートすると、馬車はゆっくりと王都に向けて走り出した。