「ネリ!! 今日こそ婚約を──」
「ルーベンス、後で聞いてあげますから、今はとりあえず視察に集中しましょう」
「はい……」

 週末。
 私とルーベンスは王都を出てすぐの町にあるエレッサ孤児院へ視察に向かっていた。
 このエレッサ孤児院は昨日賊の襲撃にあったばかりで、たくさんの物的被害が出たと聞いている。
 子ども達や孤児院の職員たちに怪我はなく、人的被害が出る前に騎士達が制圧したのは不幸中の幸いだろう。
 それでも自分たちの住む家のような場所が破壊されたのだ。
 今回は視察、というよりも、慰問と言ったほうが正しいだろう。

「最近賊に襲われる町が増えているようだけれど、何か進展は?」
「あぁ、とりあえず、奴らが反王制派だということはわかっている」
「反王制派、ですって!?」

 反王制派。
 他国でも増えているという、王制に反対する人々が集まっては、国管轄の施設を破壊していく過激派のことだ。

 始まりは数か月前、ある東の国。
 その国の国王はとてつもない暴君で、富をむさぼり、たてつくものを次々と処刑して、国民は疲弊していた。
 そしてついに、彼らの我慢に限界が訪れた。
 国民は一丸となって、次々に国の建物を破壊し、さらには城に攻め入ると、国王を討ち取ったのだ。
 それからその国は、国民政治を主流とし始め、何事も投票で行われる国になった。

「ついにこの国にも……」
「心配するな。この間の孤児院襲撃でほとんどの賊は捕まえた。賊の数的には少数のようだし、根絶やしにできるのも時間の問題だ」

 確かに、この国の国王陛下と王妃様はとても慈悲深く賢く、国民を第一に考えてくださる方々。
 だから国民も王制に不満を抱いている者はほぼいない。
 今騒いでいるのは、王制を廃止し、自分たちが先頭に立ち自分立優位の国にしたいと目論む輩ばかりだろう。
 すぐに制圧してくれると信じたいけれど、やはり不安ではある。

 黙り込んだ私の頭に、ルーベンスの大きな手がぽん、と乗せられる。
「安心しろ。ネリのことは、私が必ず守るから」
「っ……」
 な、に?
 何でこんなに優しい表情をするの?
 私に婚約破棄を突きつけてくるくせに。
 これじゃまるで、ちゃんと愛されているみたいじゃないか。

「ま、かの国の反乱が成功したのは、王家に不満を抱いていたのが国民だけでなく、騎士達も不満を抱き彼らが加勢したからというのもある。父上と母上なら大丈夫だ」
「えぇ……そう、ですわね」

 今までにない甘い雰囲気に戸惑っているうちに、馬車の速度がゆっくりと落ちて、やがて止まった。
 窓から外を見ると、大きな建物の前にたくさんの子ども達やシスター達が私たちの到着を待っている。
 だが建物は半分が破壊され、窓も割られて酷い有り様だ。

「ひどい……」
「……行こう、ネリ。今は私たちがすべきことをしよう」
「……えぇ」

 胸を痛めていても仕方がない。
 ここからどう再生させていくかなのだ。
 建物も。人の心も。
 そして私は、ルーベンスにエスコートされるがままに馬車を降りた。