「隆光の知的好奇心には頭があがらないよ」
目の前にずらりと並べられたいかがわしいホモビのパッケージと、ボーイズラブの漫画本を眺めながら溜息をついた。小説まで用意されてあるじゃないか。
「予習復習が大事だろ」
「試験かよ」
「さ、どれにする?」
隆光がDVDのパッケージを、まるでババ抜きのように持って俺に差し出した。げんなりした気持ちで、しかしグロそうなものを避けた無難な一本を引き抜く。隆光は何も言わずにそれをデッキにセットして読み込ませた。隆光の自室に機械音が鳴り響く。
寺の境内から離れているとはいえ、寺の敷地内で男同士のあれやこれを言及する背徳感が半端ない。欲にまみれた男子高校生の可愛い若気の至りだと思って見逃してくださいお釈迦様。
「兄貴のセレクトだから正直 面白いかどうかわからんのだけどね」
「兄貴のセレクト」
兄弟そろって何やってんだ?
「というかお兄さんって今、山にこもって修行中とか行ってなかった?」
「ああ、たまに俗世に降りてくる時があるんだけど、そのわずかな時間で色々と趣味に費やしてるっぽくてさ」
「俗世に降りてくるって言い方どうなんだ」
「煩悩をすてきれないんだから強ち間違ってないだろ」
「そう……なのか……?」
言われてみれば……確かに……?
いや、寺の子の修行事情なんてものには首を突っ込まない方が良さそうだ。聞いたとしてもきっと理解できない。
だって俺は正月に奏でられる百八煩悩の鐘をまるっと無視して自己発電に勤しむ男である。煩悩万歳。修行なんて考えられない。
「とりあえず試しにちょっと見てみようぜ」
「お、おう」
なぜか電気を消した隆光が俺のすぐ隣――肩が触れ合う距離にどかっと座る。背後のベッドに背中を預けていたが、なんとなく居住まいを正した。こういった類のものを見るのは初めてなせいか、少しワクワクする。普通は自分のケツを死守するものなんだろうが、それよりも好奇心のほうがむくむくと頭をもたげ始めているのを隠し切れない。
ふいに隆光が俺の背中側に腕を回してきた気配を感じ取って、なぜか心臓が跳ねた。直接身体に触れているわけじゃないことを考えれば、きっとベッドに腕を預けてもたれているだけだろう。ちらりと横目で左隣を見ると、あぐらをかいた自分の目線よりも少し下、俺の肩と同じぐらいの位置に隆光の頭があった。身体が俺の方に向いている。試しに少しだけベッド側に体重を移動させてみた。案の定、隆光の腕が背中に触れる。なるべく自然に元の位置に戻って、自然と詰めていた息を吐きだした。
目の前のテレビは男優のインタビュー映像を映し出している。
「緊張するか?」
「インタビュー映像で? そこまで童貞拗らせてないぞ」
「だよな」
拗ねて誤魔化してみるものの、じゃれた勢いで隆光の右腕が俺の腰にまわってしまった。
うーん。これは非常にアブノーマルである。この状態で鑑賞するつもりか? 正気か? いいや、正気の沙汰じゃない。かといってはねのけるのもわざとらしくその場から離れるのも、恋人ならしないだろうなというのはわかる。
「よいしょ。すまんな」
「! いや、大丈夫」
隆光が右腕を腰から離したかと思えば、右腕に体重をかけて体制を整え始めたのである。つまりどういうことかというと、隆光の身体が俺に覆いかぶさるようにして寄ってきたということである。必要以上にくっつかないように身体を逸らして避けはしたものの、それでも密着はする。それで、身体の向きを変えるのかと思ったがそうでもない。今度は明確に俺にくっついてテレビに視線を戻した。
――わざとらしい。
なんか全身がむず痒い。じわじわと体温が上がるような感覚があって、なるほど、恋人との映画鑑賞はこんな感じかと身をもって体験した。これはたしかに、事前学習の必要性を感じる。こんなわかりやすい童貞リアクションを彼女の前で曝け出すリスクを考えたら、隆光の提案に乗っかったメリットは大きいかもしれない。
そうこうしているうちに、映像の内容がどんどん濃いものになっていき、俺は変などぎまぎも忘れて両手で顔を隠した。指の隙間から時折画面を覗き見て、音声だけで状況を察して、たまに隣から「うわ……」だの「すげ……」だのという感嘆の声を拾い、俺は徐々に背中を丸めていったのだった。
***
DVDの再生が終わり、電気をつけた隆光が体当たりするみたいにして俺の隣に腰掛けた。
「どうだった」
「ぶっちゃけ……悪くなかった」
前かがみになりながら答える。まったく下半身は素直にもほどがある。制服のズボンにテント張りやがって。
平然な顔をしているが、隆光はなんともないのか?
「…………お前も悪くなかったみたいだな」
「まあな」
隆光のズボンにもしっかりテントが張られていた。こればっかりはしょうがないよな。生理現象、生理現象。というかお前のテントでかくね?
暫く気まずい空気が流れる。約90分間あったDVDの中身はそれほど悪くはなかった。 気持ちよさそうに喘ぐ男優を見て特に嫌悪感は無いし隆光が興味を持つ気持ちは理解できる。痛そうだなと思う場面もあったけれど、それほど気にならなかった。
一般的に、ある程度 同性の性感帯がわかっているからこその反応だろうと思う。
とはいえ。じゃあ男同士の恋愛の方が良いかと聞かれたら、やはりおっぱいは最強なのである。
ふかふかおっぱいは世界を救うのだ。
恋愛経験を積むことにメリットはあれど、やはり将来の夢は捨てられない。
疑似恋愛を一度は了承したものの、それだけはわかってもらおうと隆光の方に向き直る。
「なあ、隆光。俺、DVDは別に何も悪くないと思う。普通に勃ったし、めちゃくえちゃエロかった。でも……でも、やっぱり……男同士の恋愛よりも俺は、おっぱいが好きだ!」
「孝明!」
「うぶっ」
勢いよく抱き締められる。
隆光の肩口に思いっきり顔面をぶつける形になって、俺は痛みで声にならない悲鳴を上げる。
「夢を捨てる必要はないんだ。俺を助けると思って……なんとか協力してくれないか」
「隆光……」
