ーここ数日色々なところでアイツに付き纏われて、どうやら周りもなんの違和感を覚えなくなったようだ。トイレ、飯、授業、帰り、色々なところで俺にくっつく甘崎を周りは温かい目で見守り、俺を物珍しそうな目で見つめているのが日常茶飯事になった。帰りも和希に甘崎が追加されて、賑やかである。
(賑やか、なかなか悪く無いのかもしれない)
クラスの陽キャグループとも普通に話すし、クラスの奴らとありえないほどたくさん話すようになった。そうだ、今度こそ母に高校の話をしようか、でも、またパニックになってしまうだろうか。
(やっぱりやめよう)
今日も今日とて家に着いてしまった。
「ただいま」
「おかえり〜あおちゃん」
「手、洗ってくるよ」

ー俺は手を洗い終わってしばらくニュースを見ていた。
「夕方の情報番組!ニュース645です!みなさんこんばんは〜!」
「〜続いてのトピックはペルセウス座流星群についてです!明日8月13日の5時頃には活動が極大化しますが、朝方なため星が見にくい状況となっています。したがって、今夜の12時から13日の未明にかけて流星群を見ることができます!さらに今夜は雲がほとんどない快晴で、月と流星群を一緒に見られる絶好の日となっています!」
(流星群に月か…今夜踊ってやってもいいかな…)
「甘崎、今日公園で一緒に踊ってやるよ」
「ほんと?やったぁ!でも今日満月みたいに綺麗な日じゃないよ?」
「俺がいいからいいんだよ」
「まぁ、踊ってくれるならいつでもいいんだけどね」
「何時くらい?僕はいつでも」
(そうだな、やっぱ一番綺麗に見える時がいいな)
「12時からとかがいい」
「えっ意外と遅いんだね、わかったよ待ってるね」
「うん、頼んだ」
(楽しみ…だな)
「あら、あおちゃんニヤニヤしてどうしたの?なんかいいことあった?」
「に、ニヤニヤしてない!!」
(踊る前に表情筋どうにかしねぇと)
…ピロンッ!
「ん?」
「僕と踊れるのが嬉しすぎて変な怪我しないでね!ふふ」
(ひぃ…何言ってんだよコイツ!!)
「んなわけあるか」
(きっとあおちゃん新しいお友達ができたのね、最近楽しそうでなによりだわ!)

ー「そろそろ寝ましょ、あおちゃん。もう11時よ?」
「うん…わかった」
いつも通りミニシャンデリアの電気を消して寝たフリをする。俺の布団は窓際でカーテンから街の光が漏れてくる。
(もうすぐアイツ踊るのか)
意外とすぐだったが、本当に久しぶりな気がしてしまう。俺も大概楽しみなんだな…
(流星群をバックに踊るなんて気取ってる、なんで恥ずかしのか)

ーカチッカチッ…時計の音を聞きながら、一時間以上経っただろうか。母は完全に眠ったようだ。
(よし、行こう。楽しみだな…なんて…)
(いってきます)
心の中で挨拶をする。心の底から何か溢れてきそうでたまらない。アパートの階段を降りてアスファルトの道路に着くその時点で何かもう変わり始めているみたいで、胸が高鳴っているのがわかる。道を曲がってコンビニへの道をゆく。いつもはだるそうに頼りなく光る街灯が、オレンジがかった色で優しく夜を包み込んでいるみたいだ。
(ついた…)
「あれ、アイツいねーじゃん…なんだよ」
「あ、ああちゃーん!こっちだよー」
声の主は地上よりはるか上空に聳え立つ、真っ白な塔のろうな展望台にいた。満面の笑みでこちらに手を振っている。星と水面の光に輝き、月のスポットライトを浴びていた。
(今日も相変わらず、妖精が舞い降りたみたいだな)
「何ぼーっとしてるの?早くおいでよ!街から少し離れてるから星が綺麗に見えるよ!」
「ああ、今行く」
階段を一段一段登っていく、俺は一度でもこの展望台に足を踏み入れたことはあるだろうか。いつもの風景に溶け込んで色彩を失っていたものの一つだ。ゆっくり着実に足を進める。
「よお、学校以外では久しぶりだな」
「えへへ、来てくれてありがとう!」
「なあ、ここで踊るのか?狭くて危なくないと思うんだが」
「おっ!踊る気満々だねー大丈夫!柵も高いし、第一僕が君を危ない目に遭わせないから」
(うっ…まじこうゆうとこだよな、調子乗りやがって)
「…ほらさっさと踊るぞ」
「はーい」
その妖精はにこやかに笑っており、学校では見せないような溶けた笑顔を向けてきた。

ー「…あれ、音楽かけねえの?」
「あ、あぁかけるよ!ちょっと待ってね!…」
(めっちゃ見つめてきたんだが、んだよ…)
「はい!準備できたよ!さあ踊ろう!」
少しノイズの音が入ってあいつが持参した型が古めのラジカセが動き始める。
(ん、聞き覚えがある曲だな…)
「これはね、エリック・サティのジムノペディ第一番だよ。ゆったりしてるでしょ?景色とマッチして幻想的だよね」
(確かにゆったりしてて聴いてて落ち着く音楽だ。でも、どこかで聴いたことがあるような…ん?)
気づくとあいつの白い腕が自分の腰にまわっていた。優しいながらもがっしり掴んで離さない、そのおかげで後ろに落ちる心配もなさそうだ。
「えへへ、上手だよ〜」
「これ、踊れてんの?」
「大丈夫すっごくじょーず」
まるで王子様みたいなこの笑顔、今まさに俺に向けられて…
「懐かしい…」
「えっ」
「ん?懐かしい?」
何言ってんだ俺なんも記憶ねえよ、どこが懐かしいだ。
「…あと…かな…」
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ!ほらまだ曲は続いてる!」

ー俺たちは無事流星が流れる中、月の光に照らされ白い肌をした展望台の上でバロックダンスを踊りきった。
「楽しかった?僕は楽しかった!」
「まあまあ、きれーだったし…景色な!!」
「うんうん!景色だね!?」
目を逸らす俺を覗き込むように顔を近づけてきた。近くて瞑っていた目を開けると見えたその顔は…非常にイライラするニヤケ顔であった。
「にひぃ…」
「その笑い方やめろよ!!」

ー「もうこんな時間か、帰らなきゃ」
「僕送るよ」
え、流石にそこまでしてもらう筋合いはないぞ。
「い、いやいいって、10分くらいしかかからないし」
「僕が送りたいのー!!!」
あまりの子供っぽさにえぇ…と思わず声が出た。分かった分かった途中までならと許可を出すと大型犬がはしゃぎ回るように喜んだ。
「ここ僕の住んでるマンションだけどもっと話したいので着いてきまーす!」
思わず甘崎の指さす方向を見る。ん、なんかデカくね。そうこいつの住んでる場所はそんじゃそこらのマンションじゃないタワマンであった。
見て見ぬ振りをしつつ家へ向かう。
「いつか僕の家につれこんじゃおうかな!」
「本当にやりそうだから言うなよ…」
こいつの言ってることがほんとかどうか怪しいところだ。そう思っていると。
「…ねぇ、青砥くんはさぁどこまで覚えてるんだろうね」
「ん?何を?」
「6年前のこと…」
6年前まだ鮮明に覚えてる家族と遊園地に行った年だ忘れるわけがない。でも、なんでこいつが…
「僕さ青砥くんのことも家族のことも6年前何があったか知ってるよ」
「は?…お前何言って…」
あの日は家族で遊園地に行ってそれで楽しく遊んだ。楽しくて忘れられない思い出のはず。移動中の車には音楽が流れてた。
「あぁ、やっぱり忘れてたんだね。大丈夫僕が教えてあげる
る…あ、家着いちゃったね。また話そいつでもおいで」
そんな寂しげな笑顔と呆然と立ち尽くした俺残して甘崎は家へと戻っていった。