新見駅長の車を下りて向かったのは深夜営業の夜カフェ。
野菜たっぷりスープがおすすめの店だそうだ。
元ガラス工房だという店内は観葉植物と、胡桃家具のナチュラルインテリア。ランタンの灯りに包まれ、胡桃のテーブル席に座るとふんわりコンソメの香りがした。
新見駅長が向かいに座る。明るい光の下で彼を見るのは初めてだった。
切れ長の瞳を真正面に迎えると、気恥ずかしい。きっと私はもう化粧も髪型も乱れているだろう。つい手櫛で整えてしまった。
メニューを運んできた四十代くらいの女性店員さんが明るい声をかけてくれる。
「新見くん、お連れ様と来てくれるの初めてだね」
新見駅長は彼女に軽く会釈した。布ヘアバンドをつけた店員さんは親し気に新見駅長に話しかけ、私にもふっくらした笑みをくれた。本日のおすすめスープについて熱心に説明した彼女はふふふと笑う。
「新見くんは最近よく来てくれるのよ。なんでも友だちが夜カフェにハマってるからって、わざわざ探してうちを見つけてくれたんだって」
どこかで聞いたことのあるような話だった。
「こんな固い顔だけど、いい子なのよ?うふふ」
うちの新見くんをよろしくと言いながら、注文を受けた店員さんは去って行った。彼女を見送り、新見駅長は咳払いした。
「お喋りな方で……気にしないでください」
余計なことを言ってあの人は、と新見駅長の歪んだ片眉が物語っていた。新見駅長の気まずそうな顔を初めて見て、ほくほくしてしまう。
「もし……夜カフェにハマってるそのお友だちが私だったら、嬉しいです」
私が茶目っ気を込めてそう言うと、新見駅長は一口水を飲んでから小さく「凛子さんのことです」と言った。私は思わずにやけてしまうのを隠そうとして、両手で口元を覆った。
舞い上がる私の元へ店員さんが、ミネストローネを運んで来た。
「ゆっくり温まっていってね」
具沢山ミネストローネのまーるい湯気の香りに、私は思わず両手を合わせた。凍える駅から生きて帰って温かいスープにありついた有難さとともにスープを口に運ぶ。細かく刻まれた野菜の旨味たっぷり。豆にパスタも入った食べ応えのあるミネストローネを一息でかき込んで、一気に食べ切ってしまった。
「……美味しかったです、本当に」
全部食べてからやっと感想を言う余裕ができた私を、新見駅長は見ていたようだ。彼はランタンの灯りの下で軽やかに笑った。
「美味しいと、言葉よりずっと伝わっていました」
そう言いながらスープを口に運ぶ新見駅長は、食べる所作に品があった。やはり一緒に時間を過ごすことは、文字を交わすだけより何倍も受け取るものが多かった。文字だけの新見駅長が、食べて生きる、同じ人間なのだとしっくりきた。
野菜たっぷりスープがおすすめの店だそうだ。
元ガラス工房だという店内は観葉植物と、胡桃家具のナチュラルインテリア。ランタンの灯りに包まれ、胡桃のテーブル席に座るとふんわりコンソメの香りがした。
新見駅長が向かいに座る。明るい光の下で彼を見るのは初めてだった。
切れ長の瞳を真正面に迎えると、気恥ずかしい。きっと私はもう化粧も髪型も乱れているだろう。つい手櫛で整えてしまった。
メニューを運んできた四十代くらいの女性店員さんが明るい声をかけてくれる。
「新見くん、お連れ様と来てくれるの初めてだね」
新見駅長は彼女に軽く会釈した。布ヘアバンドをつけた店員さんは親し気に新見駅長に話しかけ、私にもふっくらした笑みをくれた。本日のおすすめスープについて熱心に説明した彼女はふふふと笑う。
「新見くんは最近よく来てくれるのよ。なんでも友だちが夜カフェにハマってるからって、わざわざ探してうちを見つけてくれたんだって」
どこかで聞いたことのあるような話だった。
「こんな固い顔だけど、いい子なのよ?うふふ」
うちの新見くんをよろしくと言いながら、注文を受けた店員さんは去って行った。彼女を見送り、新見駅長は咳払いした。
「お喋りな方で……気にしないでください」
余計なことを言ってあの人は、と新見駅長の歪んだ片眉が物語っていた。新見駅長の気まずそうな顔を初めて見て、ほくほくしてしまう。
「もし……夜カフェにハマってるそのお友だちが私だったら、嬉しいです」
私が茶目っ気を込めてそう言うと、新見駅長は一口水を飲んでから小さく「凛子さんのことです」と言った。私は思わずにやけてしまうのを隠そうとして、両手で口元を覆った。
舞い上がる私の元へ店員さんが、ミネストローネを運んで来た。
「ゆっくり温まっていってね」
具沢山ミネストローネのまーるい湯気の香りに、私は思わず両手を合わせた。凍える駅から生きて帰って温かいスープにありついた有難さとともにスープを口に運ぶ。細かく刻まれた野菜の旨味たっぷり。豆にパスタも入った食べ応えのあるミネストローネを一息でかき込んで、一気に食べ切ってしまった。
「……美味しかったです、本当に」
全部食べてからやっと感想を言う余裕ができた私を、新見駅長は見ていたようだ。彼はランタンの灯りの下で軽やかに笑った。
「美味しいと、言葉よりずっと伝わっていました」
そう言いながらスープを口に運ぶ新見駅長は、食べる所作に品があった。やはり一緒に時間を過ごすことは、文字を交わすだけより何倍も受け取るものが多かった。文字だけの新見駅長が、食べて生きる、同じ人間なのだとしっくりきた。
