夜の山道の路肩で、新見駅長と協力して、効率よくタイヤ交換を終わらせた。

 二人で再びあったかい車内に戻って顔を見合わせると、新見駅長がふっと笑う。最初に顔を見たときよりずっと、表情の筋肉が緩んで見える。

「凛子さんは本当に手際が良かったです、助かりました」
「新見駅長も、さすがでした」

 健闘を称え合いながら、車は再び山道を走り出した。私は達成感と共に助手席に深く腰掛けた。何がどこで役に立つかわからないなと思っていると、新見駅長が言う。

「実はガソリンスタンドでバイトをしていたというのは、嘘でして」
「え、どうしてそんな嘘つくんですか?!」

 私はいきなりのカミングアウトにぎょっとして、運転中の新見駅長の横顔を見た。新見駅長がくすっと笑う。

「その方が信用してもらえるだろうと思ったので。経験がない男が夜道でのパートナーだと不安でしょう?方便です」

 新見駅長の「さらっと方便」には心底驚いてしまった。彼は人のために嘘をついたりするのか。でもその嘘は効果を上げていた。私は夜道のタイヤ交換に何の不安もなかった。

「でも、新見駅長、上手でしたよ?タイヤ交換」
「知識としてはあります。それに仕事柄、工具を握ることもあります。けれど、嘘をついて……申し訳ありませんでした」
「いや、こんなに私に何の損もない嘘があるなんて知りませんでした」

 私が驚きをそのまま伝えると、新見駅長は目を細めて悪戯が成功したみたいに笑った。

「格好つけられて良かったです」

 新見駅長が隣に座る気配や声、とっさの言葉の選び方や、笑い方の温度。一年続けた伝言板でのやり取りではまるで見えてこなかった新見駅長をたくさん知った気がした。

 もっといろんな新見駅長がいるのだろうなと期待してしまった私は、新見駅長の横顔を見ながら、ふふっと笑った。

 夜の山を下りて、やや交通量がある道へと車は進んだ。

 もうすぐ山麓駅に到着という時、新見駅長との車内にも慣れてきた私のお腹が音を立てた。静かなピアノが流れ続けていた車内に響いた私のお腹の虫の声。私はお腹を押さえて俯いた。

「すみません……品がなくて」
「いえ、当然ですよね。もう日も変わります。パンクのせいで余計に遅くなったので。良ければ夜食でもどうですか。近くに深夜までやっているカフェがあって」
「夜カフェですか?!」

 また勢いよく食いついてしまった私にちらりと視線を向けた新見駅長は、静かに頷いた。

 伝言板で新見駅長は「夜カフェを探してみます」と言っていた。本当に探してくれたのだろうか。また伝言板での会話を拾ってもらった私はつい口元を緩ませながら、行きたいですと返事をした。