あれから崇矢さんも忙しくなり、会えていない。


僕は自分の表現方法を見直し、凛ちゃんや森下さんに時々辛口評価をもらいながら、演技をさらに磨き上げられるよう、努力している。


学校には行かないと卒業できないことは分かっているけど、あの人に会ってまた何か言われると思うと足がすくんで、あの日から全く行っていない。


崇矢さんの言ってくれたように、僻みと思うようにはしているけど、自分の演技に自信を取り戻せたら行こうと思う。




「光さん、この間は大胆なことしましたね」


「…何のこと?」




久しぶりに凛ちゃんがマネージャーに付いてくれた日。移動車の中で凛ちゃんはニヤけながら、僕の脇を小突くけど、僕は何のことか見当もつかず、はてなを頭の上に浮かべる。



「崇矢さんと!事務所の広場で!」



あぁ、そのこと。見てたんだ、と冷静を装って返すけど、頭の中はパニック。


泣いている姿なんて滅多に見せないし、そんな僕を崇矢さんが抱きしめる画を凛ちゃんが見ていたとは。



別に僕から仕掛けたわけじゃない。でも、確かに側から見れば大胆だ。




「気持ち、伝えたんですね!」


「…ごめん。そういうんじゃない」


「…じゃあ、どういう?」




そうなるわな。バーベキューの時に、崇矢さんの気持ちを確かめると凛ちゃんと約束していたし、2人で居たからそう勘違いしたんだろう。


泣きながら気持ちを伝えて、崇矢さんが受け入れた画。崇矢さんから先に気持ちを伝えられて、嬉しくなって僕が泣いている画。



凛ちゃんの頭の中の妄想は、どのくらい膨れ上がっていただろう。


期待を裏切ってしまった気分で、何だか申し訳ない。




「最近、凛ちゃんに僕の演技を見てもらってたでしょ?崇矢さんにアドバイスもらって、自分を見直すことにしたんだ」


「話してたのは、そのことだったんですか?」


「そう。すごい勘違いさせちゃったね」


「いつかは、伝えるんですよね?」




いつかは伝えないと。


期待通りの答えが来なくて、シュンと拗ねてしまった凛ちゃんに頷いて見せると、〝応援してます〟とガッツポーズをもらった。




しばらくして、僕に映画の出演オファーが来た。


役どころは、主人公と同じクラスの生徒で、いつも教室の端に居て主人公をかき乱す、存在を消した悪役。



良い役しか演じたことがなかった僕にとって、俳優の皮を剥げる絶好の機会。でも同時に、印象が悪くなることも示唆している。



悪役は、嘘の自分であっても奥永 光の人間性と重ねられて、間違った印象を根付かせてしまう。


でも俳優の奥永 光としては、根付かせてしまうほど怪演できたという、達成感を味わえることにもなる。



人間的な評価を取るか、俳優の評価を取るか。


僕の選択は迷わない。




「演じたい。悪者になりたい」




演技の磨きに力を入れて、頑張りすぎず楽しむことを目標に、稽古に励んだ。



時々学校にも顔を出したけど、1時間だけ授業に出てすぐに仕事に戻る。


応援の言葉をかけてもらって、たまに耳に入ってくる酷評も、聞き流して。とにかく役に入り込み、悪者を自分に取り憑かせた。




「森下さん。この映画の撮影が終わるまで、誰も僕に近づかせないでくれるかな?」


「分かりました」



悪いことしたな、申し訳ないな。いつもなら、森下さんにも凛ちゃんにもそう思う。今回はそうは言ってられない。


予定が詰まっている凛ちゃんに代わり、マネージャーには森下さん1人で付いてもらうように頼み、集中して、そして徹底して悪役になった。



映画の撮影期間、合わせて4ヶ月。




「奥永 光さん。ただいまのシーンをもちまして、オールアップです!お疲れ様でしたー!」


「ありがとうございました!」



ようやく緊張の糸が解けた。共演者から花束を受け取り、映画に参加させてもらえた感謝を監督に伝える。


監督にも花束が渡され、目を潤ませながら笑っていた。



終始雰囲気の良い現場で、悪役の僕でもたくさんの共演者が可愛がってくれた。そのおかげで、心の底から楽しめたし、頑張りすぎずに撮影に挑めた。



「良い映画ができると思います。今から編集して、仕上げていきます。みんな、本当にお疲れ様」



監督から一言、労いの言葉をもらって、大きな拍手に包まれて終わった。




「森下さん、4ヶ月支えてくれてありがとうね」


「お疲れ様でした。まさに怪演でした。撮影中、正直ずっと話しかけにくかったんですけど、今はいつもの奥永さんですね」


「ごめんね…。本当にごめんね」




両手にハマりきらないほど大きな花束から1本、黄色い花を取り出して差し出す。


演技のためとはいえ、大変な思いをさせてしまった申し訳なさと、トラブルなく無事に終われた感謝を込めて。

いつでも元気で、黄色がよく似合う森下さん。



目を開き、〝ありがとうございます!〟と受け取ってくれた。




「映画の完成と公開が楽しみですね」


「うん。これからだよ」




もらった残りの花束を車に積んで、主演と監督を見送ってから、僕も車に乗った。


森下さん待ちで、何気なく携帯を手に取ると、凛ちゃんからメッセージが来ていた。



〝映画の撮影、お疲れ様でした。今日、最終日ですよね?崇矢さん、今なら事務所に居るので、良かったら来てください。〟


もちろん行く。絶対行く。


どの予定も断ってでも、崇矢さんに会いたい。そして、お礼がしたい。


崇矢さんのアドバイスがなかったら、この映画のオファーもなかったかもしれないし、言われたことを未だに引きずっていたかも。



今にも走り出しそうな、軽快なスタンプを凛ちゃんに返し、森下さんを忙しなく待った。



関係各所に挨拶をして、頬の筋肉を使いすぎたと疲れて戻ってきた森下さんに、事務所にマッハで送ってほしいと頼み、運転手さんにもマッハと注文。



「マッハですね(笑)了解です」


「じゃあ、戻りましょうか」



違反しない程度のスピードで事務所に向かってくれている運転手さんに、途中で寄り道してもらい、事務所に着いた頃には外は真っ暗。


そりゃそうだ。オールアップ直前のシーンは、監督の強い希望で日の入りを狙ったんだから。




「森下さん」


「…着きました?ごめんなさい、寝てしまいました」



1日中僕の付き添いをしてくれていて、ようやく僕からも解放されるわけで、眠たくなって当然。



「降りよう」



運転手さんとはここでお別れで、僕と森下さんは崇矢さんが待つ事務所に入った。



夜の8時。もうマネージャーさんたちも帰っている人が多いだろう。


そんな中、崇矢さんがまだ待ってくれているのかと想像すると、向かう足も早くなる。




「森下さんもう帰る?」


「仕事が残ってるので、もう少し居ます」


「そっか…。無理しないでね」



事務所前で足を止めて、久しぶりに森下さんに手を振ってみた。


相変わらず、元気よくにこやかに、手を振り返された。変わらなくて安心したけど。



マネージャーだけの部屋に入っていくのを見届けて、僕は広場に向かう。


廊下の電気も、人が通らないと点かない仕組みになっているから、ほとんどが真っ暗でお化け屋敷にいる気分。


広場も真っ暗で、ここは確か電気を自分で点けるはず。でも真っ暗だということは人が居ないってこと。



「崇矢さんどこ…。さすがに帰ったかな」



凛ちゃんから連絡をもらってから、何時間と経っているし、待たせすぎて帰ってしまったんだろう。


崇矢さんに会いたかったけど、諦めてまたどこかで会えたら、感謝を伝えよう。



肩を落として広場に背を向けると、点くはずのない広場の電気が明々と照った。




「撮影お疲れ様でしたー!」


「へ?」


「お疲れ様でしたー!」




何人かの声が広場の方から聞こえて、クラッカーの音も鳴り響く。驚く間も無く、森下さんが事務所から飛び出してきて、同じようにクラッカーの音を響かせた。



後ろを振り返ると、崇矢さんと凛ちゃん、崇矢さんのもう1人のマネージャーが僕の反応を見て笑っている。


また前を向くと、森下さんも僕を見て〝残ってる仕事です〟と意地悪く笑っている。




「えー…。何これ」



はしゃぎたいところだけど、気分が落ちていたから急には上げられなくて、みんなの顔を見回して、また肩を落とした。



「おいおい、喜ぶとこ!」



崇矢さんのマネージャーが僕にツッコミを入れ、ドカっと笑いが起きる。僕も釣られて笑い、眉尻を下げた。


嬉しい。崇矢さんに会えた。みんなに祝ってもらえた。




「みなさん、ありがとうございます。無事に終わりました。駆け抜けました」


「とりあえず座りましょう!光さん、センターに座ってください」



凛ちゃんに誘導され、みんなが居る広場のソファに座る。目の前の机には、手巻き寿司と唐揚げ、ホールのケーキまで用意されている。



「すごい豪華…」


「俺と凛とで作ったんだ」


「崇矢さん、作ってくれたんですか!?」



今日は凛ちゃんも崇矢さんも仕事が1日入っていて、忙しいと聞いていたのに。




「もしかして仕事って…」


「これ。特にケーキ作るの苦労した。凛がセンスなさすぎて、ケーキがデコレーションなんてもんじゃないもん」


「崇矢さんだって、唐揚げの油、どれだけ跳ねさせてたんですか!?」


「ふふっ(笑)」




2人の傷の舐め合いが面白くて吹き出すと、〝笑い事じゃないからな!?〟と崇矢さんに怒られた。



4ヶ月ぶりに、気を抜いて笑えた。頑張りすぎないようにを意識していたけど、どうしても役に入ると頑張ってしまう。


でももう、それとはお別れできる。奥永 光に戻れる。



「食べたいです!」




いつかのバーベキューとは正反対の、みんなが平等に楽しめる、朗らかなパーティー。


唐揚げとホールケーキの作る過程を細かく聞きながら、崇矢さんと凛ちゃんの手際の悪さに大笑いし、終始笑いが絶えなかった。



机に並んだ食事は全てペロリと平らげ、お腹が満たされた後は、ケーキを食べながら談笑タイム。片付けるのはまだ先だと、暗黙の了解で誰もお皿に手を付けない。




「光。久しぶりにこうやって話すな。半年ぶり?」


「そうですね。美味しいご飯、ありがとうございました」


「それは気にすんな。こういう息抜きの時間も大事だからな」



森下さんと凛ちゃんがケーキを取り分けてくれている間、崇矢さんが話しかけてくれた。

この広場で僕が泣いて、崇矢さんが声をかけてくれてアドバイスをくれた日以来。


崇矢さんもこの4ヶ月の間に新しく挑戦することがあったようで、〝光も頑張ってるから〟と言いながらも、苦戦していたと凛ちゃんから聞いたことがある。


崇矢さんは強いな。かっこいいな。



「崇矢さん。この間は、ありがとうございました。僕、演技をもっと磨きたくて。めげずに頑張ります。もっと勉強して、上手くなれるように」



崇矢さんを強く見つめて、断言した。もっと上手くなって、あの名前も知らない男子生徒を鼻で笑ってやりたい。



「おう。無理しすぎんなよ」


「はい。それで…、これ。お礼がしたくて」



崇矢さんに小袋を手渡す。


撮影現場から急いで戻ってくる途中、運転手さんに寄り道してもらった時に買ったもの。



「何が良いか分からなかったんですけど、僕が好きなお菓子で。崇矢さんの好みに合うと良いんだけど」


「俺もここの店好きなんだよ!ありがとな!」



小袋の中を身を乗り出して確認すると、目が輝き出し、勢いよく肩を組まれた。


気に入ってもらえて、お礼が言えて良かった。



「ケーキ食べましょうか」



凛ちゃんが切り分けてくれたケーキが目の前に置かれると、みんなの頬も自然と柔らかくなり、〝本当にぐちゃぐちゃ〟と笑いが起きる。



「気持ちはこもってるんですー」



頑張って作ってくれたのは、伝わった。


1口頬張ると、さっぱりとしたクリームが口いっぱいに広がる。甘すぎることなく、でも上に乗ったフルーツが豪華さを際立てた、至福のシメ。




「これ、クリームにレモンを入れたんです」


「だからか。さっぱりしてて、僕の好みだよ!」


「奥永さん、甘すぎるのは苦手でしょ?」



そう言って、腰に手を当てる森下さん。本当によく気づいてくれる。


疲れた時にチョコレートは食べるけど、甘いだけの食べ物は苦手。ケーキは特に、クリームが多いからあまり食べないけど、今回のケーキはいくらでも食べられる。

それに、撮影終わりで疲れた体に染み渡る。




「美味いです…。ありがとうございます」




僕に続き、3人のマネージャーと崇矢さんもケーキを頬張る。


形は歪だけど、味は美味い。とみんなが凛ちゃんをいじる中、崇矢さんは口をもぐもぐ動かしながら、僕を見ている。


あまりに一点を見つめてくるから、僕の気持ちを見透かされていそうで、警戒した。



「…どうかしました?」


「付いてる」


「ついてる?」


「ここ。漫画みたいなことするなよ(笑)」



崇矢さんが、自分の口元を大雑把に指差す。クリームか。大人気ないことをしてるな。


指を差したあたりを拭ってみるけど、クリームは手に付かない。口に付いてる感覚なんてないのに。



「ここだって」



少し苛立って僕の顔を覗き込むと、拭っていたあたりを少し左にズレたところを、ぐいっと拭われた。


こちらに覗き込んできて近くなった距離。終始崇矢さんを見ていたから、拭われた後にこちらを見た崇矢さんと、ばっちり目が合った。


その距離、10センチ。崇矢さんも僕が見ているとは思わなかったようで、目が合うと止まってしまった。




「ご、ごめんなさい…。ありがとうございます」


「あぁ、うん…。別に良いけど」



僕が謝ると、動き出した崇矢さん。ソファに座り直し、拭ってくれたクリームを舐めた。




「え、食べるんですか…」


「…クリーム?食べちゃダメだった?」


「いや、ダメじゃないですけど…、僕の口に付いてたやつ…」



気にしないよ。と言われたけど、僕が気にします。僕の口に付いたものを、僕じゃない人が食べるのは、清潔ではないし。



「そんなの、光に口移しだってできる」



ケーキに乗ったフルーツを口に入れると、また僕に近づく崇矢さん。それは僕が拒否した。


近くに座っていた凛ちゃんや森下さんに、刺激が強すぎる。もちろん僕にも。



残念そうにケーキを食べ出し、僕も残りのケーキを味わい、撮影終了を祝ってもらったパーティーは平和に終わった。



みんなで一斉に片付け出し、主役は何もするなと言われたけど、何もせずに見ているのは気になる。


捨てやすいようにお皿を重ねたり、1箇所にこそっとまとめたり。




「駐車場に車待たせてあるので、光さんは乗って待っててください」


「俺も帰るから、それ乗って良い?」




片付けが終わると、車の中で明日の打ち合わせをしたいという凛ちゃんに促され、駐車場に向かう。


数分遅れて、崇矢さんもその車に乗ってきた。



運転手さんは、呑気にタバコを外で吸っているから、凛ちゃんはきっとまだ来ない。




「楽しかったな」


「はい。とっても。ずっと悪役だったし、気を張ってたんですけど。こうやって楽しい時間があると、自分に戻れます」


「光は本当によく頑張ったよ」




隣に座る崇矢さんの手が伸びてきて、僕の頭を撫でる。髪の毛を乱すように撫でられると、心が温かくなった。


インスタライブに参加した時と同じ。尻尾があったら振り回してしまいそう。




「崇矢さんの手は、いつも温かいですね」


「そうか?」


「嬉しいんです。崇矢さんに褒められると、もっと頑張りたいって思います」


「何だよ(笑)可愛いこと言うじゃん」




撫でられる手が片手から両手に増え、頭をホールドされると、はにかむ崇矢さんと目が合った。


その表情が、笑いながら困っているように見えて、自分の言ったことを後悔した。


褒められて嬉しいとか、もっと頑張りたいとか、思わせぶりな発言をしてしまった。自分の気持ちを出しすぎた。



視線を外し、下を向く。どうやって前言撤回しよう。



「光って…」



崇矢さんの声に下を向けていた視線を、また上げる。もう笑っていなくて、真剣な表情で僕を見ている。


次の言葉を待つけど出てこなくて、崇矢さんの目の中で揺れる何かをじっと見つめる。



すると、崇矢さんの顔がグッと近づき、唇に温かい感触が一瞬伝わった。


何をされたかは、分かった。すぐに理解した。視界が崇矢さんでいっぱいになって、離れる時に小さなリップ音も聞こえた。


崇矢さんの困った表情から、言っちゃいけないことを言ったと勘違いしていたから、そっちの方が理解が追いつかない。



「あ、あの……」



口をパクパクさせて、次の言葉を絞り出そうとするのに、出てこない。どうしよう。何か言わなきゃ。


崇矢さんは何も言わずに、僕の反応を見て楽しんでいるようで、薄く笑っている。




「…ちょっと、びっくりして……」


「もう1回しようか?そしたら受け入れられるかも」


「もう1回!?それはっ…、」




拒否したのに。嫌だっていう意味ではないけど、もう1回って言われると、それは戸惑うから。


嬉しいけど苦しい。


崇矢さんに好きって、ちゃんと気持ちを伝える前に、崇矢さんは僕にキスをした。



でもここで崇矢さんを避けたら、気持ちを突き放すことになる。受け入れたくて、僕も好きだと伝えたくて、崇矢さんの服の端をお淑やかに指先で掴んだ。


噤んでいた口元を緩めると、ほんの少し唇が離れ、またすぐに温かい感触が触れる。


目を瞑って、抵抗をやめて受け入れた。



「光って…。煽るの上手いよな」


「え?」



〝光って〟の後が聞けなかったから、ようやく聞けたと思ったら。煽る?僕は一切煽ってない。



「調子狂うわ」



唇が離れても、崇矢さんの手は僕の頭に置かれたままで、小さくため息を吐きながら頭が下に向く。



「そんなの僕だって…。言おうって思ってたことがあったのに、崇矢さんが先走るから。順番狂ったじゃないですか」


「言おうと思ってたこと?何、教えてよ」


「それは…、崇矢さんが好きだって。男が男を好きになるって変なのかもしれないけど、それでも僕は崇矢さんが好き」




って言おうとしたんです…。語尾が萎みながらも、どうにか自分の気持ちが言えた。


それを聞いた崇矢さんは、僕がまさか告白をすると思わなかったようで、〝まじか…〟と頭を抱えている。


告白なんてまずかっただろうか。でも崇矢さん。僕にキスしてくれたってことは、合ってるよね?



「まじで調子狂うって。先に言われたし…」


「先にキスしてきたのは、崇矢さんなんで」



頬と耳を赤くして頭をガシガシと掻き、僕から少し離れる。



「凛に言われたんだよ」


「凛ちゃん?」


「行動だけじゃなくて、言葉にしないと光には伝わらないって」


「え、凛ちゃんがそんなこと…」



僕にも言ってた。本当の気持ちは、崇矢さんに直接聞かなきゃ分からないって。




「崇矢さん。僕のこと、どう思ってますか」



キスまでして、返事が暗いものだとは思わないけど、一応聞いてみる。期待したいけど、期待しすぎたくない。


心がザワザワする。



「そんなもん。車の中でこんなことまでして、嫌いなわけないだろう。めちゃめちゃ好きだって」


「どんなとこが?」




心のザワザワを消したくて、好きだって言葉をちゃんともらったのに、どこが?なんて図々しいことを聞いてしまった。


あからさまに動揺している崇矢さん。ごめん、僕も動揺してるんです。



「僕は、僕を推しって言ってくれて、可愛がってくれるので、崇矢さんの中で僕が特別だって思えるところが、好きです」


「おぉ…。何か理由が特殊だな。確かに、光は俺にとって特別だよ」


「どういうところが特別ですか?詳しく」


「うーん…。光だけは、抱きしめたいとかキスしたいとか、思っても嫌じゃない。好きなところは、仕事に真っ直ぐ取り組んでて、俺にも真っ直ぐ向き合ってくれるところ。あと純粋なところが良いな」




自分から聞いておいて、好きなところを見ると改めて言われると、恥ずかしくて両手で顔を覆った。


嬉しくてニヤけた顔を、崇矢さんに見られたくない。




「そうやって恥ずかしがるところも良いな」


「もうやめてください…。お腹いっぱいです」




察するだけじゃ、何も分からなかった。〝かも〟ばかりで、明確なことは何もない。

それで恋愛がうまくいくわけない。


僕らは気持ちを確かめ合った。お互いに好きだって分かった。



挨拶はニワトリ首。大事な人が目の前に居ると、その人しか目に入らない。


初めは崇矢さんのこと、あんなに嫌いだったのに。


今でもニワトリ首は少し嫌だけど、仕事に対する向き合い方や、人生の捉え方。勉強させてもらえることばかりで、尊敬と愛着が入り交じっている。




「凛、ありがとな。光も同じ気持ちだって知れた。俺、今最高に幸せ」


「光さんの寝顔も見れましたしね」



大きい安心感から眠気が襲い、凛ちゃんが来る前に眠ってしまった。崇矢さんの肩を借りて車に揺られながら、2人で崇矢さんの家に帰った。