あいつのこと嫌いなのに




「他のみんなは?もう解散?」


「外で騒いでると思います。会いませんでした?」


「んー…。何かうるさいのは居たけど」



堂々とうるさいのって言ったことに驚いて、無言で目を見開いて崇矢さんを見る。


半分解散したようなものだけど、この会話をどこかで誰かが聞いていたらと思うと、口調に気を遣うのに。



目を大きく開けた僕を見て、崇矢さんは微笑み、近くにあった椅子に腰掛ける。

僕も同じように、隣の椅子に腰掛けた。




「自分が出た作品が賞を取ったり、自分が表彰されたりしたとして。忙しいのは当たり前なんだけど、それを理由にして全部マネージャーにやらせるってのが、気に入らないんだよね」



遠くで騒いでいる集団の方に目を向けて文句を話す崇矢さん。

あの人たちのことを言ってるんだなと察した。



「〝俺って有名人〟って鼻にかけてるのが、よく分かるじゃん?全部片付けろって言ってるわけじゃなくてさ。ある程度自分が散らかしたところは、綺麗にしていってほしいわけよ」


「そうですね…」


「光が片付けてくれてるの、あいつら知らないんだぜ?それが余計腹立つ」



さっきまで僕が思っていた頭の中の文句を、崇矢さんが全部言葉に出してくれて、まさか崇矢さんがそんなことを思う人だと思わなかった。


崇矢さんは、マネージャーに全部お任せする側の人だと勝手に思っていた。



思わず笑い声が漏れると、崇矢さんはそんな僕を見て、ムッと眉間に皺を寄せる。



「なんで笑うんだよ。お前もそっち側の人間か?」


「いやいや。ここに居るのに、そっち側じゃないですよ。僕が思ってたこと、代わりに怒ってくれたから、ありがとうございます」


「そう?なら良いけど。俺はちゃんと、光のこと見てるからな」




僕がそっち側じゃないと分かると、眉間の皺がなくなり、椅子を寄せてきて肩を組まれた。


〝ちゃんと見てるから〟


その言葉だけで、報われる。崇矢さんの目に僕が映っているだけで嬉しい。




「光、どうせ飯食ってないだろ?」


「…何で分かるんですか?」


「分かるよ。一緒に食うか!」


「はい!」




崇矢さんと食べられるなら、宴会の後の食べ残しでも美味しい。


凛ちゃんに頼んで焼いてもらい、〝美味い!美味い!〟と幸せそうに頬張る崇矢さんを見ながら、僕も肉を頬張った。



飲み物も残り少ないけど、その中から飲めるものを選ぶ。甘い飲み物は好きじゃないから、僕は炭酸かな。




「崇矢さんって、お酒飲まないんですか?」


「飲むよ」


「じゃあ飲めば良いのに…。あ、これから仕事か」


「ううん。終わった。未成年の隣で酒は飲めないだろ」




僕に気を遣ってくれてたのか。当たり前に飲むものだと思って、ほぼないビールを残しておいたけど、ここで役に立って良かった。


クーラーボックスからビールを出して、崇矢さんに差し出す。




「僕は気にしないんで、飲んでください」


「いや、それは…」



受け取ろうと手を出したと思えば引っ込めて、首を傾げてみたり、様子がおかしい。




「他の人たち、気にせずに飲んでましたよ?」


「うん…。弱いからさ、あんまり飲みたくないっていうか」


「でも飲みたいんですよね?」


「飲み、たい…」


「酔ったら、僕が介抱してあげます」




渋々渡したビールを取ってくれて、プシュッと爽快な音を立てると1口2口と喉を通っていく。



「…うまぁ」


「ふふっ(笑)良かったですね」



崇矢さんが言ったように本当に弱かったみたいで、1缶空ける前に顔は赤くなり、鼻歌を歌い出したからちょっと機嫌も良いみたい。




「崇矢さんって、本当に弱いんだね」


「はい。1缶飲み切ったことに、驚きです」


「え!?そんなに弱いの?」




凛ちゃんに聞いたところ、350mlの缶を飲んだら足がふらつくらしい。弱すぎだろ。


でも飲みたいんだな。そんなに美味しいんだな。僕も3年後、飲めるようになったら崇矢さんと乾杯したい。


陽気に笑う人を横目に、もう1口肉を口に入れた。



マネージャーたちと僕たちで、残った材料と飲み物は綺麗になくなり、酔っ払った他の人たちがどこに行ったのかも分からないほど、ぐちゃぐちゃになった宴会は終わった。




「光さんは崇矢さん酔ってるんで、介抱を頼みます。片付けは任せてください」


「本当に良いの?そのままでごめんね。ごちそうさま」



俯いたまま、まだ陽気に歌っている崇矢さんの目に映るように、身を屈める。


座った目と合うと、〝あ、光だー〟と甘えた声を出して両手を伸ばしてきた。




「家の中にソファがあるらしいんで、借りましょ。そこで少し寝てから帰った方が良いです」


「うん!そうしよー!」



僕が肩に崇矢さんの腕をまわす前に、崇矢さんから腕をまわされた。半分抱きつかれてる気もするけど、その方が運びやすくて有難い。


靴を脱ぐのも覚束なくて、崇矢さんを担いでるから屈めないし、仕方なくつま先で崇矢さんの靴の踵を踏んでどうにか脱がせる。



リビングに着くと、ソファを見つけた崇矢さんが一直線にそこに向かい、巻き付かれたままの僕まで道連れになって、ソファにダイブした。


崇矢さんが仰向けに寝たから、必然的に僕は崇矢さんに覆い被さっている。離れようとしても巻き付く崇矢さんの腕の力が強いし、何と言っても顔の距離が近い。

僕の顔の横に崇矢さんの顔があって、しかも僕の首に綺麗に埋まっているから、崇矢さんが息をするたびに首に息がかかって擽ったい。




「光、重い」


「崇矢さんが離してくれないと、動けないんです」


「早くどいてー。重いって」


「だから…」




寝言かと思うほど、話が通じない。重いと言いながら腕の力は増すし、モゾモゾと僕が動くと付いてくる。これじゃ、崇矢さんが重いままだ。




「崇矢さん、手離して」


「…ん」



崇矢さんの腕を叩くこともできず、手が届く範囲で叩けて思いついたのが頭。


暴力にならない程度にポスポスっと叩くと、余計に落ち着かせてしまって、寝息を立て始めた。



「え、寝ないで。僕が無理…」



首元にある崇矢さんの顔。寝息が首を掠って擽ったくて、崇矢さんの心臓の音も伝わってくるほど近い。


いつ起きるかも分からないのに、覆い被さったままの僕のおかしな体勢だと、体も心ももたない。



「崇矢さん!手は離して!お願い!」



全身を使って捻ると、捻れた僕の背中と崇矢さんの組んだ手が擦れて、やっと離れた。



「助かった…」


「何で離れるの…」




また寝言なのか正気なのか分からないことを言っているけど、僕の心臓はバクバクで、それどころじゃない。


どうしたんだ、僕。男に焦らされてる。


今まで苦手なやつだったじゃん。僕の気持ちを分かってくれて、慰めてくれる人だと思わなかったし。


酔っ払って寝崩れて覆い被さっても、〝はいはい〟って寝かせて、またご飯を食べに戻れば良いのに、足が動かない。


酔っ払って僕に引っ付く人の寝顔を見て、見ていたいと思う。


まだまだ起きる気配はなさそうだけど、僕はここに居ても大丈夫だろうか。



ガラス張りの部屋、僕と崇矢さんが何をしているか、外の庭からは丸見え。視線を外に移せば、片付けをしてくれている凛ちゃんとその他のマネージャーたち。


あの人たちなら疑うことはないだろうけど、仮に酔っ払ってどこかへ消えた人たちが戻ってきたら、変な噂を流されるに違いない。



「戻ろ…」



大人しく、崇矢さんの体に膝掛けをかけて、部屋を出た。


庭では机の上が綺麗になり、持ってきたバーベキュー用品は片付けられ始めていた。




「僕も手伝う」


「崇矢さん、寝てます?」


「うん、爆睡してる」




〝なら、お願いします。〟と凛ちゃんに頼まれ、机を畳む。お酒も食べ物も全部無くなったようで、持って帰る荷物は随分と減っていた。


車に積み終わると、バーベキューで出たゴミをまとめて、マネージャーたちは外で騒ぐ俳優たちを拾って解散。


僕と凛ちゃんは、崇矢さんが寝ているから帰るに帰れず、鍵を借りて別荘に残った。




「楽しかったですか?」


「凛ちゃんは?」


「私は、皆さんを楽しませる側ですから。でも、最後にマネージャーのみんなとお腹いっぱい食べられたんで、結構満足してます」


「良かった。打ち上げまで、マネージャー業はしなくて良いよ」


「結局色々手伝ってもらったの、光さんと崇矢さんだけでしたね。ありがとうございました」




凛ちゃんも、他のマネージャーがいる前では言えない愚痴とかもあるんだろう。

嫌味とまでは言わないけど、言葉の端々に俳優陣が誰1人として、マネージャーを仲間として視界に入れていなかったことを、しっかり僕に伝えているのが分かる。


崇矢さんは途中参加で仕方ないにしても、確かに誰もマネージャーを輪に入れて楽しもうという、雰囲気がなかった。




「凛ちゃんって、割と人を選んでマネージャーしてるの?」


「…え、分かります?他の人にもバレてますかね?」


「あ、本当なんだ。それは面白いこと聞いたな(笑)」




さっきの僕と同じように、〝誰にも言わないでくださいね?〟と僕の目を見て懇願してきた。


凛ちゃんも、案外悪い子なんだな。ちゃんと人間なんだなと思うと、親近感が湧いた。




「崇矢さん、そろそろ起こして帰りますか?」


「起きるかな…。さっきも、」



さっきも、起こそうとしたのに離れてくれなくて。そう言おうとして、僕と崇矢さんがどういう体勢か想像がついてしまうことに気づいて、言いかけて最後まで言えずに詰まった。


僕の想いが凛ちゃんにバレたとは言え、多少の恥じらいはある。堂々と口にしかけたけど、これは言えない。




「光さんって…、本っ当もどかしい」


「もどかしい?」


「好きが溢れてるのに認めようとしないし、これはそんなんじゃない!とか言うし」




玄関先で話すことではないけど、と付け足して真剣な表情の凛ちゃんが僕の方を向いた。




「私の前では、強がらないでください。恥ずかしいとか思わなくて良いです。思ってること、そのまま言ったら良いんですよ」


「…思ってること、そのまま」


「はい」



言ったら楽になるのかな。曝け出す必要はないけど、自分だけでは処理しきれない感情を、凛ちゃんにぶつけても良いのかも。


下を向いていた顔を上げて、凛ちゃんを一点に見つめる。凛ちゃんも背筋を伸ばして、僕の言葉を待っている。




「仕事をしてる崇矢さんは、あんまり好きじゃなくて。挨拶も適当だし、周りが見えてない時もあるし。そういうところは嫌いだなって思うの」


「はい」


「…事務所で、インスタライブやってる崇矢さんに会ったことがあって。最後の方だけ参加させてもらうことになったんだけど、その時に僕のことを推しって紹介してて。ライブ中も急に頭撫でてきたり、終わってからも、感謝の気持ちなんだろうけど、ハグされて」


「…それで?」



凛ちゃんは誘導が上手い。時々入れてくれる相槌が、思わず続きを話したくなる声色で、恥ずかしさは次第に薄まって、思っていることをそのまま言うことにした。



「ボディタッチは苦手だったのに、崇矢さんは嬉しかった。笑いかけてくれる表情が、僕だけなら良いのにって思うのに、近くに居ると目も合わせられないくらい、苦しくなる」


「…うん、なるほど」


「…です。以上です」




言ったけど、これで合っていたのか凛ちゃんの返事がないから、分からない。


探るように締めくくると、小刻みに首を頷かせて、目を瞑ってしまった。




「それが、好きってことなんじゃないですかね」


「…どれが?」




頷いてすぐに答えをくれたけど、あまりにピンと来ない答えで。どこに僕が崇矢さんを好きという理由があるのか聞き返すと、凛ちゃんは呆れたように僕を見て笑う。




「ボディタッチは苦手なのに、崇矢さんは嬉しかったんですよね?」


「うん、そうだよ」


「自分だけに笑いかけて欲しいって思うのに、近くに居ると苦しいんですよね?」


「そうだね…」


「それが好きってことです」


「……そうなの?」


「はい」




僕がまだピンと来ていない反応を見せたので、ついに声を上げて笑い出した。


崇矢さんが起きてしまうからと、口元に人差し指を押し当てて顰めっ面を向けると、静かになる凛ちゃん。




「光さんの初恋、やっと来ましたね。崇矢さんも喜ぶと思います」


「いや…。推しとは言ってくれてるけど、僕が思ってる好きって、崇矢さんも同じなのかな」


「それは…。崇矢さんに直接聞いたら良いんじゃないですか?」


「直接…。そんなの聞けないよ。もし違ったら、気持ち悪がられる」


「聞かなきゃ分かんないです」


「そうだけど…」




躊躇ってモゴモゴとしていると、奥のリビングから足音がして崇矢さんが寝ぼけ顔を出した。


騒がしかっただろうか。忙しなく立ち上がると、凛ちゃんも同じように立ち上がる。



「もう帰る?」



僕と凛ちゃんを見て、起き抜けの鼻が詰まったような声で聞いてきた。


凛ちゃんが頷くと、携帯と財布がちゃんとポケットに入っていることを確認して、僕の隣に座って靴を履く。




「酔いは覚めましたか?」


「んー…。何かちょっと気分悪いかも。飲みすぎた」



靴を履いて立ち上がると、本当に飲みすぎたようで、足元がふらつきながらもどうにか車に乗り込んだ。




「明日は仕事ですか?」


「うん…。夕方から」


「じゃあ家で、ゆっくりしてください」




僕の家より崇矢さんの家の方が、ここから近い。今日くらいは、バタンキューでも仕方ない。




「凛ちゃん。崇矢さんの家までスピード上げれる?」


「多少は。でも崇矢さん、吐きません?」


「吐く…。通常運転で良い」




こめかみを押さえて、シートに全身を預けるとすぐに寝息を立ててしまった崇矢さん。



寝方としては、お酒が入っているから深い睡眠ではないかもしれないけど、眠れる時に眠って欲しい。


せっかく同じ車に乗ったから話したいとも思ったけど、今の崇矢さんはお疲れモードで、睡眠が最優先。



僕の気持ちと崇矢さんの気持ちの確認は、またの機会にしよう。



「ごめん。着いたら起こして…」



僕もシートに体をもたれ掛からせて、目を閉じた。