「五十嵐さん、スタジオ入られまーす!」
「えいっす」
「お疲れ様です!」
スタッフさんに両サイドから頭をヘコヘコ下げられて、その間を颯爽と軽い挨拶で通る俳優、五十嵐 崇矢。
首だけを動かして挨拶とも呼べない、ニワトリみたいな会釈。
あの人が、4期連続でドラマ主演をした俳優か。人気になりすぎるとスタッフさんも気を遣うだろうし、その雰囲気に酔いしれているのか、俳優も鼻が高くなっていく。
僕は、そうはなりたくない。いつまでも謙虚で、常に感謝を忘れない、腰が低い人でありたい。
そんな哀れな視線のまま、僕の隣に立つマネージャーの芳賀 凛に視線を向けると、彼女はタブレットでスケジュールと睨めっこしながら、携帯の向こう側の人と打ち合わせをしている。
マネージャーって忙しい人だな。
ニワトリ首のあいつと、僕のマネージャーを兼務して、常に動き回ってくれている。
「あー、そこは1日光さんについてます。…その日は崇矢さんで1日埋まってるので、光さんは対応難しいです」
マネージャーに兼務はよくあることらしいけど、見ていて可哀想になってくる。
休む暇、僕らよりないと思うもん。
今だって、僕の仕事が終わって次の仕事に向かうためにマネージャーの元に行ったら、ニワトリ首の仕事入りの時間と被った。
廊下の端に立って、スタジオに入っていく俳優を見送る立ち姿は、きっとマネージャーだ。
僕も一応、俳優なんだけどな。
こうやって時間が被った時、どちらを優先するかとなると、やはり立場が上のニワトリ首に決まっている。
でもそんな被るようなスケジュールを組まさなくても、1日1人につけば問題ないだろうに。
僕にはもう1人、マネージャーがいる。
「凛ちゃん」
電話が終わった、忙しそうなマネージャーに声をかけると、首を右に少し傾けてこちらを見た。
世の男性陣は、こういう女性の仕草にキュンとくるんだろうな。
僕には分からないけど。
「何ですか?」
「僕、1人で行くから付いてこなくて良いよ。凛ちゃん、あいつにつかなきゃいけないでしょ」
「何言ってるんですか!崇矢さんは、入りを見送るだけです。終わったら別のマネージャーが行くんで、大丈夫です。今日は光さんにメインで付く日ですから」
「ふーん、そう。じゃあ、もう行こうよ」
ニワトリ首より、今日は僕が優先。
こういう言葉は、いくらでも欲しい。嬉しい。
承認欲求は強めだから。
スタジオに演者全員が入って収録に取りかかる頃に、僕と凛ちゃんは同じビルの46階に急ぐ。
12階から46階はさすがに遠い。
廊下もやたら長いし、急いでいる時に1つ忘れ物をしたら終わり。
「この仕事が終わったら、光さんは今日は終わりなんで」
「そっか。早めに終わるんだね。凛ちゃんも仕事終わり?」
「私は…、まだかな」
「えー、終わろうよ。一緒に帰りたい」
僕はこうやって、思わせぶりな態度を取るのが得意。得意というか、言った後の反応を見て楽しんでいる。
戸惑ったり、言葉の意味を理解して焦ったり、想像通りの反応をしてくれるのが、面白い。
つまり、好きという感情が分からないのがつまらなくて、おちょくって遊んでいるというわけ。
芸能人だから、まともな恋愛ができないのも分かってるし。
それに、凛ちゃんは一定の距離を保ってくれる、信頼できる人だからこそ、鎌をかけている。
「一緒には帰れますよ。終わったら事務所に戻るんで」
「そういうことじゃなくて!事務所に戻るのは当たり前じゃん…」
「ほら、光さん。急がないと、遅れますよ」
「分かってるよ…」
結局いつも、僕が凛ちゃんに遊んでもらうオチで、期待通りの答えがないから悔しいんだけど。
いつか絶対焦らせて、不敵に笑いたい。
凛ちゃんに急かされて、軽く息を切らしながら46階の廊下を小走り。衣装合わせが始まる10分前には、スタジオ入りできた。
「奥永さんはこの前の夏クールドラマ、オーディションで出演が決まったと聞きました」
「そうですね。役どころが主演のキーマンと聞かされていて、やっぱり主演をしてみたかったっていうのはありますけど…」
数週間前に撮り終わった夏クールのドラマのおかげで、多方面の媒体から注目してもらえるようになり、凛ちゃんがマネージャーとして追加で付いてくれた。
別に誰でも良かった。僕のスケジュール管理をしてくれて、僕と一定の距離を保ってくれたら。
元々付いてくれているマネージャーも女の子で、その子は僕の言う冗談に、見本のように焦ってくれる。
でも僕に好意があるのが丸出しで、僕としては気持ち悪いと思ってしまう。
それでも、スケジュール管理は完璧だったから、一応鎌はかけて遊んであげている。
僕以外にも別の俳優のマネージャーをしていて、最近はその俳優に付きっきりらしい。
そのままその俳優の専属になってもらった方が、こちらとしての都合は大変良い。
「では最後に、何枚か写真を撮らせてもらって終わりますので」
「はい、お願いします」
カメラマンの要望に応えながら、時々オリジナリティある動きを加えると、カメラマンのシャッターを切る手が止まらなくなった。
こういう取材を受けるのは初めてで、どう自分が動けば良いのか分からないけど、シャッターを切る人の表情から察するに、これで良いんだと思う。
「もう1枚、最後寝そべってくれる?」
「ね、寝そべるんですか?」
「俺の方向いて頭の下に腕を置いて寝て、起きぬけの奥永くんっていう感じのショットが欲しいね!」
すごいオーダーが来た。カメラもグッと寄ってきて、起きぬけの表情をしてみる。
カメラが彼女だと思って…。全く想像がつかないけど、そこは俳優魂で何とか乗り切って、目を細めて口角を上げる。
「あー!良い!」
それは良かった。ご期待に添えたみたい。
カメラマンも満足してもらえたようで、僕に起きるように促して、手を出してきた。
その手を取り、起き上がらせてもらう。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう!また撮らせてね!」
「僕なんかで良ければ」
「奥永くんだから良いんだよ!君の考えの読めない、その目が良い!またよろしくね!」
目が飛び出てしまうほど見開きながら、褒めてもらえた。
その表情は少しホラーだったけど、褒めてもらったことに変わりはないし、そうやって仕事が増えていくのも嬉しい。
感謝の返事をしようと頭を下げかけた頃、早々にカメラを片付けて、記者と一緒に出て行ってしまったカメラマン。
凛ちゃんも、俳優より先に出ていくカメラマンは初めて見たと笑っている。
「これってお世辞かな?」
「お世辞じゃないですよ。あのカメラマン、気に入った人が撮れると、すぐに編集したいから事務所に帰るらしいです。光さん、あの人に気に入られたってことですよ」
さすがに、俳優とマネージャーを置いてスタジオが空になるのは、初めて。
あの人と、また仕事させてもらえるなら、良いか。
「帰りましょう、光さん」
「うん」
1時間もかからなかった、撮影と取材。
駐車場に来ていた迎えの車に乗って、事務所に帰る車中。
いつも慌ただしく電話対応や書類整理をしている凛ちゃんが、珍しく僕に話しかけてきた。
「光さんは、SNSやらないんですか?」
「え、何で?」
「ファンは喜びますよ。仕事のオフショットとか上げたり、普段テレビでは見れないような姿は、喜ばれますから」
「SNSか…。考えたことなかった。見る専門だし」
「発信側になるのも、考えてみてください」
凛ちゃんに言われて気づいた。僕にファンが居るという感覚がなかった。
もちろん芸能活動をしている以上、ファンが居るから支えられて俳優ができているんだけど。
こうすれば喜ばれるとか、ファンの気持ちみたいなものは理解するのに時間がかかる。
言ってもらえると、助かる。
「うん、そうだね。考えてみる。そういえば凛ちゃん、今日は仕事忙しくないの?」
「…いつもうるさくて、すみません」
「そういう意味じゃないよ!ただ、珍しいじゃん。凛ちゃんと話せて嬉しいから、良いけどさ」
「今日は電話が鳴らないので。そういう日があっても良いなって、ゆっくりしてます」
相変わらず、僕のかけた鎌を無視するよね。さすが、凛ちゃん。
僕の仕掛けに引っかかりすぎない、心地良い距離感が有り難くて、パーソナルスペースを把握してくれているのが、プロだなと感心する。
「寝てても良いよ。着いたら起こすから」
「いやいや。光さんこそ、寝てください。仕事しっぱなしですよ?」
「じゃあ一緒に寝ようか」
「寝ません」
そんな距離感のプロと、わちゃわちゃ言い合っていると、事務所にあっという間に着いた。
1人で窓の外を見ながら、片耳で凛ちゃんの忙しい声を聞くのが日常だったけど、たまには会話だけを楽しむのも良いよね。
「あざっした」
車を降りて事務所まで、凛ちゃんと並んで歩く。
凛ちゃんは僕より随分背が低くて、頭が僕の肩の位置よりも下にある。
ふとその位置関係に可愛いと思って、凛ちゃんの頭に僕の手を乗せてみた。
もちろん可愛いというのは、マスコット的意味を含む、恋愛感情のない〝可愛い〟。
「え、何ですか」
「凛ちゃんって、小さくて可愛いよね」
「私が小さいんじゃなくて、光さんが大きすぎるんですよ。それに、手は退けてください」
小さい虫を潰さないように払われる扱いで、僕の手は凛ちゃんの頭から離れる。
少しはドキッとしてくれるかと思ったけど、他人の心の動きに敏感じゃなかったことを思い出して、凛ちゃんがどう思ってるのか分からないのが、悔しかった。
自分の気持ちにも鈍感だし、他人の気持ちにも鈍感なんて、こんなんで人間をやっていけるんだろうか。
「ドキドキはしたでしょ?」
「それは、しました。急に何をするのかと思って、びっくりしたんで」
「あ、そっちのドキドキ?ときめかなかった?」
「…女の子を弄ばない方が良いですよ。特にマネージャーは」
「いやいや、弄んでないから。ごめんって」
また凛ちゃんに遊ばれちゃったな。僕が遊んであげたいのに。
事務所内は人とすれ違うことはないけど、たまに広場でインスタライブをやっている人がいる。その広場も誰も居ないことが多い。
僕が所属している事務所は、グループで活動している人も居て、広場にたまに居る人たちはその人たち。
若い子で、とにかくうるさい。賑やか。
僕も17歳だから若いっちゃ若いけど、その子たちはまだ中学生だから。
今日は事務所に入っても静かで、誰も居ないみたい。
「光さん、今日は送迎ですか?」
「ううん、自分で帰るよ」
「じゃあ、気をつけて帰ってくださいね。また明日」
「うん。凛ちゃんも、無理しないでね」
「ありがとうございます」
スタッフの事務所前で、僕は手を振り凛ちゃんは頭を下げて別れる。
こういう別れ方も、凛ちゃんの性格が出る。絶対に手は振り返さない。
元のマネージャーなんて、普通に手を振り返してきてたし、何なら自分から手を振ってくる時もあったな。
何も思わずに手を振ってたけど、あれでよく上司に怒られなかったよなと思う。
僕のスケジュールは、明日の夕方まで休み。
すぐに家に帰って寝ても良いんだけど、腹ごしらえだけして帰りたい。
さくっとご飯を食べて帰るため、食堂に向かうことにした。
にしても、食堂に行くのは久しぶりすぎて、遠いことを忘れていた。確か広場を通って地下に降りて…。
とにかく遠かったことは覚えている。
でも家に帰ってご飯を食べるより、地下まで行ってご飯を食べて帰った方が、断然楽だしな。
ボソボソと独り言を言いながら、広場を通り抜けようと早足になると、こちらに視線を感じた。
誰も居ないと思っていたけど、スタッフでも休憩してるのかな。
特に気にせず通り抜けようとしたけど、あまりにも視線を感じて、もしかしたら先輩かもしれないと思って、視線の先を辿って行った。
「奥永くん!」
「…え、」
視線の正体は、ニワトリ首…、五十嵐 崇矢だった。
こちらに一生懸命手を振り、目で何かを訴えている。
僕にどうしろと!?
突然絡んだことのない人に名前を呼ばれても、どうしたら良いか分からない。
駆け足で行った方が良い?
分からなくて、〝お疲れ様です〟とだけ言い、頭を下げたけど、ニワトリ首から視線を外した時、四脚に引っ付いたスマホが見えた。
まさかライブ中?来いって意味で目で訴えかけていたのか。
意味が分かった時、ニワトリ首はすでに僕の元に駆け寄っていて、馴れ馴れしく肩を組まれる。
「暇?」
「…はい」
「じゃあ出て。インスタライブやってんの。お前のこと、宣伝してやるから」
スマホに音声が拾われない程度の囁き声で、しかも上から目線で出演を提案された。
4期連続主演俳優だからな。この誘いは、断れない。
「よろしくお願いします」
「よし!じゃあ来い!可愛い後輩!」
俳優スイッチが入ったのか、確実に拾われる大きい声を出し、肩を組まれたまま走り出した。
転けそうになりながら必死に付いて行き、スマホの前に座る。
スマホ画面の左上にはLIVE中と表示されていて、コメントは読みきれないほど大盛況。
視聴者数は平日の夕方にも関わらず、3万人。有名になると、すごいな。
凛ちゃんが、SNSをやらないのかと言っていたのは、このことか。
「ほら、奥永くん。挨拶して?」
「…こんちはー。奥永 光です」
「可愛いでしょ?俺の推し」
可愛いでしょと言いながら、僕の頭に手が置かれてわしゃわしゃと乱される。
…推し?僕が?僕は君のこと、嫌いなくらいだけど。
でも何故だろう。頭を撫でられて、悪い気はしなかった。
飼い主に褒められた犬みたいな感覚。しっぽがあれば、ブンブン振っていると思う。
コメントには、〝推しが推しを愛でてるの尊い〟とか〝奥永くん撫でられてて可愛い〟とか、華やかな言葉が並ぶ。
僕って愛でられてるの?
隣に密着して座るニワトリ首を見ると、コメントを目で追いながら時々気になる言葉を拾って、にこやかに画面の向こう側にいるファンの質問に答えている。
案外、素っ気ないやつでもないのかもしれないな。
スタジオに入る時は素っ気なく見えたけど、照れ隠しと捉えると、挨拶もしないで入るやつも居るし、良いやつなのかも。
じっとその様子を間近で見つめていると、ライブ配信されている画面にも当たり前に映っていて、ファンの子が更新したコメントに、ニワトリ首が目をつけた。
「〝奥永くん、崇矢くんのことめっちゃ見つめてる。…恋してるみたい(笑)〟何、恋してんの?」
「……!」
スマホの画面を見つめていたニワトリ首が、突然僕の方を見てきて、がっつり目があった。
「何だよ。何か顔についてる?」
「あ、いや…。何でも」
そんなあたふたしたやりとりの間も、コメントは進み、僕がニワトリ首に恋をしていると勘違いしたファンの子たちが、騒ぎ出した。
〝現実でBLが見れるとか最高〟〝崇矢くん、奥永くんを押し倒せ!〟
君たちは僕らに、何を求めているんだ。
コメントは勘違いだらけで、ニワトリ首もそんなみんなの勘違いに、訂正してくれるかと期待したけど、満更でもなさそうにニヤけている。
「そういえば、俺の推しと俺、マネージャーが一緒で。まだ仕事が一緒になったことはないんだけど…」
「五十嵐くん!それ、言って良いの…?」
近くに立っていた、凛ちゃんとは違うマネージャーを見るも、止める雰囲気もなく楽しそうに僕たちを見ているだけ。
こいつ、本当にマネージャーか?
ニワトリ首の肩に手を置いて制止しても、〝何の話?〟みたいな顔をして、とぼけている。
言っても良いんなら良いけど。
そういう事務所事情みたいなものは、言わない方が自分の身を守れると思ったけど、マネージャーが止めないなら良いか。
そして、自由で賑やかなニワトリ首のインスタライブは30分を迎え、僕も終わりまで参加し続けた。
「みんなありがとねー!奥永くんもありがとな!」
「いえ。ありがとうございました」
「じゃあまたねー」
スマホに向かって手を振り、LIVE終了の画面に切り替わると、〝うぃーっす、お疲れー〟とスタジオ入りした時のニワトリ首に戻った。
やっぱりインスタライブの五十嵐 崇矢は、作った人格か。
と思ったのに、僕と目を合わせようとしてきて、それに気づいてニワトリ首を見ると、〝悪かったな、急に呼んだりして。まじで助かった〟と言われ、ニコッと笑うと抱きしめられた。
挨拶程度の軽いハグなんだろうけど、頭を撫でられて飼い犬気分になっていた僕は、またしっぽを振ってしまいそう。
悪い気がしない。むしろ嬉しい。あの笑顔とスキンシップが甘い罠で、引っかかっちゃダメなのに欲しくなる。
「こちらこそ…、ありがとうございました。楽しかったです」
「マジで?誘ったらまた来てくれる?」
「予定が合えば…」
「よし!じゃあまたやる時、言うわ。凛を通せば話行くだろ」
「凛…。あ、凛ちゃん」
ニワトリ首、凛ちゃんのこと呼び捨てなんだ。
「そういえば俺、奥永くんって言ったけど、これからは光って呼んで良いか?俺のことも崇矢で良いからさ」
「僕のことは好きに呼んでください。でも僕は呼び捨てにはできないんで…。崇矢、さんで」
「おう。じゃあ光、またな」
肩をバンっと叩かれると、スマホと四脚をマネージャーに持たせて、スタッフの事務所の方へと消えた。
印象の悪い人だったのに、このままだと美味しい餌をくれる、優しいお兄さんになってしまう。
それにこの感情。頭を撫でられて嬉しくて、ハグをされて感情が高ぶった。
これは一体、どこに向いて行く、何の心の動きなんだろう。



