「別々に住んでいたのだが、母親を早くに亡くし、龍崎家に引き取られたんだ。しかし、それを義母と義兄が許さなかった。離れに住まわせて、使用人のような扱いをし、蔑ろにして育ってきた。だが、龍崎家でもっとも霊力と精神力が強いのは伊織。だから俺は彼を選んだ。それからだ。伊織の人生が大きく変わったのは」
「それで、どうなったの?」
「伊織はその力を使って、義母と義兄を追い出して当主の座に就いた。もともと龍崎家は男性しか継げないことにしてある。当主が変わったことを知った梨々子の父親は同じ権力を持たせるために、当主の妻にしたいと前から企んでいた。また梨々子自身も好みは伊織の方だったからな。すぐにアプローチを始めて、それが原因で伊織は人間不信になった」
「……それは悲惨ね」

 匠に言葉に茜は悲惨だと答える。結羅も伊織の気持ちを考えると言葉が出てこなかった。
 彼にとったら辛いことだっただろう。そのせいで人間不信になるほどに。
 そして悲しそうな目をするのは、過去が原因。

「梨々子は当主の妻になるようにと、育った女だ。そのせいで伊織に執着している。気をつけないと、何をしてくるか分らないような奴だ」

 梨々子の自信はそこから来るのだろう。結羅は何だから不安になってくる。
 何か嫌な予感がしてならない。

 その後。結羅は夕食作りを終わらせ、料理を部屋まで運ぼうとしたら梨々子とバッタリ会ってしまった。彼女に用意した部屋が茜の部屋の隣りだったからだ。
 梨々子は使用人みたいなことをする結羅を見て、クスッと笑ってきた。

「まあ当主の妻とも在ろう方が、使用人みたいなことをやっていますの?」
「……これは」
「しかも、まあ、不味そうな、しょぼい料理ですこと。ここの板前は腕利きだったはずなのに、どうしたのかしら?」