「もう一度言う。彼女は主の妻になった女性だ。礼儀は、きちんと守れ」

 ギロッと板前達を睨みつける。そうしたらビクッと身体を震え上がった板前達は、すんなり場所を貸してくれた。秘書も兼任しているから権力は強いのだろうか。
 言うだけ言うと立ち去ろうとする匠。結羅は慌てて追いかけてお礼を伝える。

「あ、あの……ありがとうございます。助けて下さって」

 声をかけると、匠は立ち止まるとチラッと振り返ってくれた。しかし表情は冷たいままだった。

「……お礼はいい。主の命令に従っただけだ」
「あ、ですが……お陰様で作れるようになりましたので。それよりも、あなたは……もしかして」
「余計な検索はするな。それに、ここの奴らはお前のことをよく思っていない。人間不信な主と使用人の間には距離がある。だから、その妻であるお前も例外ではないと思え。同じ扱いを受けるだろう」
「えっ?」
「ここでは妹と一緒に大人しくしていることだな」

 それだけ言うと、背中を向けてしまう。まるで予言のように話す彼には驚いたが、このままでは何も聞けないと思った結羅。情報源がない。

「あ、あの……最後に聞いてもですか!? 伊織さんは……食事とか、どうしているのですか?」

 何か情報を聞こうとして、何故だか伊織の食事のことを聞いてしまった。
 夫婦になったので、これも必要なことではあるが、この状況で聞くことだろうか?
 頬を少し赤く染めて焦る結羅に、匠は振り返らず、

「……主は適当に食べている。食事にあまり興味がない方だ」

 それだけ言うと、立ち去ってしまった。一応答えてくれたようだ。
 夫婦として食卓を囲って食べる気は一切ないらしい。契約結婚だから、仕方がないことなのかもしれないが、少し虚しさを感じる結羅。