ハンコを押した後に、結羅は婚姻届を差し出した。確かめると、きちんと必要な部分に書き込まれていた。これを区役所に提出すれば晴れて夫婦になれる。

「ああ、明日の昼過ぎに迎えに行く。それまでに家を出る支度でもしていろ」
「は、はい」

 伊織はそれだけ言うと、そのまま立ち上がり帰ってしまった。
 そのためだけに来たのだろう。契約結婚だとしても、あまりにもあっさりしたものだから結羅は夢を見ている気持ちだった。現実味がない。
 虎太郎は真っ青な表情で結羅に怒ってきたが。

『こんな大事な事を、簡単に決めていいのか!? 結羅の人生にも大きく影響するんだぞ?』
「……そうだけど。私の出した条件も聞いてくれると言ってくれたわけだし」
『そんなの本当に守るかなんて分からないだろ!?』
「……そうね」

 虎太郎の言い分は分かる。契約結婚としては成立したが、絶対という保障が生れたわけではない。もしかしたら消させる必要さえある。
 それでも結羅には大きな賭けに出るしかなかったのだ。

(でも……あの人。噓をつく人には見えなかったのよね。むしろ噓を嫌っているというか)

 最終的に決めたのは彼の目だった。もちろん茜を守ることが前提だ。
 人を憎んでいるように睨みつけてくるけど、何処か悲しそうな目。そんな人が噓をつくとは結羅は思えなかった。

 その日の夜。茜が帰宅したので契約結婚のことを話した。
 茜もそちらに住むことになったと。しかし引っ越しよりも、姉の契約結婚の方に驚かれてしまった。

「はぁ~? えっ? ちょっと待って……それで何で結婚なんて決めちゃうの?」