それに呪詛の気配がしない。鵺が消滅して、玄武の当主だった柳木が亡くなったので効果が完全に切れたようだ。
 父親は母親ごと抱き締めてくれた。両親は涙を流した。

「結衣……すまなかった。事情は全て聞いた。お前に苦労ばかりかけて」
「ごめんね……結羅。お母さんが悪かったわ」

 何年かぶりに両親は自分の名前を呼んでくれた。呪詛にかけられてから、お姉ちゃん』から『お前』や『あんた』としか呼ばれることはなかった。
 そのたびに悲しい想いをしていた。忘れたかのように、言われなくなった名前。
 結羅の目尻には涙が溢れてきた。

「お母さん……お父さん」

 ずっと夢を見てきた。また昔のように愛情を向けてくれることを。もう一度振り向いてくれることを。
 溢れ出す涙は止まらなかった。両親に甘えるように声を出して泣き出した。
 しばらくすると、伊織が病室の中に入ってきた。手にはいろんな種類の花束を持って。

「目を覚ましたか」

 驚きはしなかったので、外で待っていてくれたのだろう。両親は伊織に深々と頭を下げた。

「お母さん達は、先生と話をしてくるわね。意識が戻ったことを報告しないといけないから」

 母親はそう言うと、そそくさと病室から出て行ってしまった。伊織に気遣って、席を外してくれたのだろう。
 両親が出ていくのを確認すると、伊織は花束を小さなテーブルに置いた。

「調子はどうだ? まだ目を覚ましたばかりだから無理をするな」

 素っ気ない態度ではあるが、心配をしてくれているのだろう。