結羅は咄嗟に隣りの座っていた椅子を持ち上げて胸元につける。まだ持てる範囲の重さだったので、何とか上げられた。足の方を相手方に向けることで距離を伸ばす。
 と、言ってもあくまでも時間稼ぎにしかならないが。
 不審者は椅子で距離を取られているために刺せない。しかし、フッーフッーと息遣いが荒い。隙を見つけてナイフで結羅を刺してくるかもしれない。
 周りは大きな悲鳴が飛ぶ。近くに居た客は後ろに移動するか、店内から出ていく。怯えて椅子から立てない客も。
 やはり目的は結羅みたいだ。不審者は結羅しか見ていない様子。目がギラギラとしていて、正気ではない。

(怖い……でも、どうにかしないと)

 このまま襲われたら、抵抗がしにくい。椅子を持ち上げるのにも限界がある。
 チラッと逃げ道がないか確認する結羅。広めの店内だったので通路は2つ。
 何とか誘導しながら逃げる機会は1回きり。失敗は許されない。
 結羅は虎太郎をチラッと見てアイコンタクトを送ると、大声で叫んだ。

「虎太郎、今よ!」

 合図を理解した虎太郎は小さいまま不審者に飛びかかった。腕にしがみ付くとガブッと噛みつく。
 少しの霊力で見えるようになった不審者は驚くと痛さで、「うわぁ~!?」と、騒ぐ。
 もちろん周りは虎太郎の存在に気づいていないので、何が起きたのかと驚いていた。
 その瞬間だった。結羅は急いで不審者側ではない、反対側の通路を駆け出す。
 そして周りながらレジの方面に向かう。

(あと、少し)

 そうしたら不審者は狂ったように腕を振り回した。虎太郎は口を離す。
 結羅が出口の傍まで行くと「私は、こっちよ!」と誘導する。
 不審者は結羅が反対側に行ったのに気づくと追いかけてくる。このまま外に誘い込んで除霊すれば。