「それで、去年のクリスマスイブは、彼女と何を?」
 警察署に着くなり、すぐに尋問が始まった。任意同行のはずなのに、まるで犯人はお前だと言われているかのような、厳しい口調で問いただしてくる。
「市の観光イベントの仕事ですよ。僕も彼女も開催メンバーの一員だったので」
「あぁ、例のプロジェクトね。けど、あなたたちって、幾度となくクリスマスイブに会っているわよね。私が駅前で待ち伏せていた時も、あの事件のときも……。本当は、一体どういう関係なの?」
「別に、ただの同級生ですよ」
 本当のことを言えば、僕と美琴は毎年会う関係にあったが、この刑事さんにはずっとその事実を伝えていない。それは、警察だけではなく、周囲の人々全員に隠し通してきたことだった。
 僕たちの奇妙な関係を、誰にも知られたくなかったから。

「ねぇ鷲翔(しゅうが)、今度のクリスマス、私と会ってよ」
 彼女が突然そう言ってきたのは、高三の冬だった。
「バーロ、受験前に遊んでられるかっつーの。だいたい何で美琴と出かけなきゃいけないんだよ」
「えー、いいじゃん。どうせ今年のクリスマスも独りぼっちなんでしょ? 高校生活最後の思い出づくりに、私が付き合ってあげる」
 美琴が、一度言い出すとなかなか引き下がらない性格であることはよくわかっている。何回断ったとしても、無理にでも僕を連れ出すつもりだろう。
「ったく、しゃーねぇな」
「やった! じゃあ、二十四日の午後一時、時計台の前に集合ね」

 イブの日、僕は約束の時間よりも少し早く、待ち合わせ場所に着いた。夜から雪の予報が出ており、コートを着ていても肌寒い、よく冷えた日だった。
「ふぅ」
 ベンチに腰掛け、美琴が来るのを待つ。
 けど、どうしてこんなに大事な時期に出かけようって誘ってきたんだろう? お互い、受験に余裕があるわけでもないのに……。僕は将来のことを考え始め、憂鬱な気持ちになる。
「だ~れだ?」
 ボーっと遠くを見つめていると、後ろから手で目隠しをされた。
「美琴だろ。もうすぐ高校を卒業するっていう年齢にもなって、何やってんだよ」
 後ろを振り返ると、やはり美琴がいた。寒さで少し顔が赤くなっている。
「つれないなぁー、こういうのは何歳になっても楽しいじゃない? それに、何か暗い顔して考えごとしてるって感じだったし」
 ギクッ、そんな姿まで見られていたのか……。さては、物陰に隠れて、僕の様子を窺っていたな?
「そ、そりゃ、この時期に外で遊んでる場合じゃないだろ。僕たちには、もうすぐ受験が……」
「はーい、今日はそういう話は禁止です! ほら、そんな嫌そうな顔をせずに、ね?」
 彼女は途中で話を遮り、僕の頬をつまんで笑顔を作ろうとする。
「じゃあ早速行こっか。ほら、早く!」
 美琴は僕に手を繋ごうと言わんばかりに、自らの手を差し出してきた。
「どこに行くんだよ」
「んー、まあついてきたらわかるって」
「ちょっと、うわッ!」
 美琴と手を繋ぐのを恥ずかしがって、ポケットから手を出さずにいると、彼女は僕の腕をつかんで、そのまま走り出した。

 まず、彼女が僕を連れてきたのはデパートだった。
「何で美琴の買い物に付き合わないといけないんだよ……」
「まぁ、いいじゃん。ほら、かごを持つ!」
 美琴は、足早に店内を回り始める。
「えっと、バターに卵に、あと牛乳に……」
 普段の料理で使いそうなモノばかりが、大量にかごの中に収まっていく。一体、これで何を作るというのだろうか。
 そんな僕の疑問をよそに、彼女はデパートの中を縦横無尽に駆け回って、必要なものを入れ終えた。
 僕たちはお会計を済ませて、次の目的地へと歩き出した。
「おい、こんなに買い込んで何するつもりだよ?」
「そのうちわかるって……ほら、着いたよ、ここ!」
 彼女が指を差した方向にあったのは、地域の公民館だった。
「ここの三階にあるキッチンスペースを予約してるから、今日はここでクリスマスケーキを作りたいと思います!」
「はぁ? そんなの、美琴一人でやれよ。僕は帰る」
「いいから来る!」
「お、おい!」
 僕はまた、無理やり手を引っ張られ、中へと連れていかれる。
 キッチンスペースに入るなり、美琴は手を洗い始めた。
「ほら、早く鷲翔も手伝ってよ」
「へいへい……」
 僕は仕方なく、美琴とともにケーキを作ることになった。手を洗っていると、美琴が鞄の中からイチゴを取り出した。
「そのイチゴって、いつもの?」
「うん、ウチの庭からこっそり採ってきたの。今年も、明日使う予定になってるやつ」
 それは、美琴の家で行われるクリスマスパーティーで登場する、特大ケーキに使われているイチゴだった。彼女の実家はホテルを経営しており、毎年クリスマスの夜には、盛大なパーティーを開催している。
「勝手に採ってきて大丈夫なの?」
「バレないよ、まだたくさんあるし」
「ふぅん、そっか」
「よし、じゃあ始めよっか」
 それから何時間経っただろうか。最後に生クリームでデコレーションを終え、僕たちはケーキを完成させた。
「さすが、料亭の息子だね。あっという間にできちゃった」
「そんなことないよ、僕もケーキを作ったのは初めてだったし。それに母さんに比べれば……」
「あっ、ごめん。余計なこと言っちゃった、よね?」
 僕の会話のトーンが下がったのを察してか、美琴が謝ってきた。
「いや、べつに。ほら、完成したんだし、早く食べようぜ」
「ダメ―!」
 ケーキを食べようとしてフォークを持った僕を、彼女が制止してきた。
「まだ最後の仕上げが残ってるから、食べちゃダメだよ」
「何だよ、もう出来てんじゃねーかよ」
「いいから、鷲翔はあっち向いてて」
 僕は言われるがまま、後ろを向く。
「オッケー、これで完成。こっち向いて大丈夫だよ」
 美琴の許可が出てから、僕はケーキの方を振り返った。
『Happy Birthday 鷲翔』
 ケーキに添えられたメッセージプレートに、そう書かれていた。
「鷲翔って、いつも自分の誕生日忘れるんだもん。だからこうやって、私が誕生日を思い出させてあげないと」
 そうだ、今日は僕の誕生日だったな……。幼い頃はクリスマスイブと誕生日が被っているとケーキが一つしか食べられない、なんて駄々をこねていたけれど、最近はそんな記憶ごと自分の誕生日をすっかり忘れてしまっていた。
 パシャ。彼女が不意に、自撮りで写真を撮った。
「たとえ受験の前だったとしても、誕生日だけはちゃんとお祝いしないとね」
 撮った写真を見せながら、彼女が言った。写真には、僕と美琴、そして二人で作ったケーキが収まっていた。
「ありがとう、スゲー嬉しい」
「フフッ、どういたしまして。じゃあ、早く食べようよ」
 彼女は屈託のない笑顔でそう言うと、僕のためにケーキを切り分けてくれた。初めて自分たちで作ったケーキは、お店で売られているレベルには程遠かったが、それでも僕が今までで食べたケーキの中で一番美味しく感じられた。

 外に出ると、すでに日が暮れており、辺りはもう真っ暗だった。
「寒いね。コートを着ていても、身体が凄い冷たく感じる……」
 美琴は身体を少し屈めて、腕を組み、体を摩った。
「ほらよ」
 寒そうな彼女に、僕はマフラーを差し出した。
「渡すだけじゃなくて、首に掛けてよ」
「ったく、しゃーねぇな」
 僕は美琴の正面に回り込み、マフラーを掛けた。
「よし、これでオッケー」
「ありがと。あ、雪だ……」
 美琴に掛けたマフラーに、ちょうど雪が一粒降ってきた。
「ホントだ」
 僕たちは空を見上げた。
「綺麗だね」
「うん。また今年も積もるのかな」
 この地域で雪が降ることは珍しいが、昨年のクリスマスは、車やバスが止まるほどの大雪だった。今年もまた、たくさん雪が降ってきそうな、そんな空模様だった。
「早く帰ろうぜ、去年みたいにバスが止まらないうちに」
「ねぇ、来年のクリスマスイブもまた、私と会ってくれない?」
 まだ向かい合わせの状態で、彼女が突然そう言い出した。
「ねぇ、いいでしょ? 高校卒業して、お互い別々の道を歩んでいくことになったとしても、一年に一回だけは、絶対に二人で会うこと。約束だよ?」
 彼女が僕に向かって小指を差し出してきた。僕は自然と、彼女と指切りをしていた。
 こうして、僕と彼女の奇妙な関係が始まった。

 おそらく、刑事さんも気づいているだろう。一度誤魔化したこともあるが、僕と美琴はちゃんと約束をして毎年会っていた関係である、ということを。そして、去年のクリスマスイブのイベント終了後もそうであったということも、わかっているはずだ。
「彼女とはもう、一切会っていませんが……。それでも、あのときと同じように、また僕を疑っているんですか?」
「ええ、そうよ」
「もういい加減にしてください。あの一件以来、周囲の僕を見る目がまるっきり変わってしまったんですから」
 この刑事、霜山朱鷺羽(ときは)は、とある事件がきっかけで僕のことを探るようになった。警察が僕を疑っている、という話は街中を駆け巡り、あれから一年半経った今でも、多くの人々が僕を犯人だと思い込んでいる。
「まあ、仕方ないわね。君もさっさと自白してしまえば、少しは気が楽になるのに……」
「だから、僕はやってないって言ってるじゃないですか!」
 僕はイラつきを隠せず、机を叩きながら、声を荒げてしまった。
「残念ながら、私だけじゃなくて、誰もが君を犯人だと思っているわ。何せ、この街の経済を支える一流ホテルのお嬢様と御曹司を傷つけてしまったもの。一介の市役所職員の君を悪者にするのは、容易いことだしね」
 それから何度も堂々巡りが続き、結局、僕への取り調べが終わったのは、およそ一時間後のことだった。