「――と、これで最後だな」
一時間くらいだろうか。
この夏、僕の部屋として充てられた空き部屋に、全ての物を運び終えた。
六畳、障子扉の和室。子ども一人が使うにはそれなりに広く、エアコンまでついている。
元々は、僕が産まれる前に亡くなったひいばあちゃんが使っていた部屋らしく、その名残らしい立派な化粧台と箪笥だけは捨てられずに取ってある。
しかし画材類が多く、如何せん伸び伸びとは出来なさそうだ。寝泊りする為の部屋としてだけ使って、絵を描くのはまた別のところでやる方がいいだろう。
だだっ広い縁側があったし、そうでなくても父の進言通りどこかに出掛けてみても良い。
「さて――」
と、父は自分の荷物を担ぎ直した。
そうして扉を開けたところで、コップを二つ乗せたおぼんを手に持つばあちゃんと鉢合わせる。
「何だぁ浩司、もう行くだか?」
「うん。裕美子を待たせてるからね」
「海外だ言うとったな。先に行っとんさるんだか?」
「スケジュール的に、どっちか行ってないと困るみたいで」
「そんなら昨日来たら良かったが。じじばばなんて年中暇しとるんだから」
「昨日までかかってギリギリまで詰めてたんだよ。おかげで、裕美子の方は悠希と別れの挨拶も出来なかったんだから」
高々一ヶ月超、今生の別れでもあるまいし、大袈裟な言い方だ。
「んくっ、んくっ――ぷはっ! うん、実家の麦茶が一番美味い!」
「市販の安物だで。さっさと裕美子さんとこ行って来んさい」
せっかく持って来てもらったお茶を、一息に飲み干してわざとらしい感想。
進んで気を遣うのは下手くそなようだ。
とは言えばあちゃんの方もまんざらではないようで、口ではそう言いながらも口角が少し上がっている。
「行って来ます、母さん。帰って来たら父さんにもよろしく。悠希も、宿題だけは忘れんように、適当に楽しんでな。何かあったらメッセージでも送ってくれ」
「うん。父さんも気を付けて。母さんにもよろしく言っておいてね」
「おう! んじゃまた、夏休み明けにな」
「ん、行ってらっしゃい」
景気のいい声を笑顔を残すと、父はそのまま僕の部屋を、家を後にした。
玄関先くらいまでは見送らないと、とばあちゃんと共に玄関扉をくぐる頃には、停めてあったはずの車も既になくなってしまっていた。
「異国の地に置いとったら心配で仕方ないんだろうなぁ。一途過ぎて眩しいっちゃな、かなわん」
ばあちゃんは、冗談めかして言った。
僕の知っている父は、昔からああだ。
良くも悪くも裏表がも一切ない。実家でも、あんな調子だったのだろう。
ラブラブ、ってほど色めきだってる訳じゃないけど、母や僕のことを何より大切にしていて、それを下手に隠そうともしない。
そんな父だから、母も凄く信頼しているのが分かるような振る舞いを無意識にする。
その二人の間に産まれた子である僕でさえ眩しく思うくらい、運命にでも導かれたように素敵な夫婦だ。
「さて。浩司の分までスイカ切ってあげるけぇ、好きに食べんさい」
「ん。ありがと、ばあちゃん」
頷きつつ言って、はっと気付く。
車内にいた時はあれだけ緊張していて、きっと簡単に会話することも難しいんだろうな、なんて考えていたのが嘘みたいに、僕は普通に言葉を交わせていた。
二人の人柄、雰囲気というやつが、知らぬ間にそうさせたのだろうか。
「――ばあちゃん」
「何だぁ?」
今日から、ひと月以上も世話になるのだ。
高校二年生。
少しくらい、ちゃんとしないと。
「あの……よろしく、お願いします」
「うんうん、好きにゆっくりしんさい」
振り返って向けられる、その素敵な笑顔に。
僕に、何か少しでも出来ることがあるだろうか。
一時間くらいだろうか。
この夏、僕の部屋として充てられた空き部屋に、全ての物を運び終えた。
六畳、障子扉の和室。子ども一人が使うにはそれなりに広く、エアコンまでついている。
元々は、僕が産まれる前に亡くなったひいばあちゃんが使っていた部屋らしく、その名残らしい立派な化粧台と箪笥だけは捨てられずに取ってある。
しかし画材類が多く、如何せん伸び伸びとは出来なさそうだ。寝泊りする為の部屋としてだけ使って、絵を描くのはまた別のところでやる方がいいだろう。
だだっ広い縁側があったし、そうでなくても父の進言通りどこかに出掛けてみても良い。
「さて――」
と、父は自分の荷物を担ぎ直した。
そうして扉を開けたところで、コップを二つ乗せたおぼんを手に持つばあちゃんと鉢合わせる。
「何だぁ浩司、もう行くだか?」
「うん。裕美子を待たせてるからね」
「海外だ言うとったな。先に行っとんさるんだか?」
「スケジュール的に、どっちか行ってないと困るみたいで」
「そんなら昨日来たら良かったが。じじばばなんて年中暇しとるんだから」
「昨日までかかってギリギリまで詰めてたんだよ。おかげで、裕美子の方は悠希と別れの挨拶も出来なかったんだから」
高々一ヶ月超、今生の別れでもあるまいし、大袈裟な言い方だ。
「んくっ、んくっ――ぷはっ! うん、実家の麦茶が一番美味い!」
「市販の安物だで。さっさと裕美子さんとこ行って来んさい」
せっかく持って来てもらったお茶を、一息に飲み干してわざとらしい感想。
進んで気を遣うのは下手くそなようだ。
とは言えばあちゃんの方もまんざらではないようで、口ではそう言いながらも口角が少し上がっている。
「行って来ます、母さん。帰って来たら父さんにもよろしく。悠希も、宿題だけは忘れんように、適当に楽しんでな。何かあったらメッセージでも送ってくれ」
「うん。父さんも気を付けて。母さんにもよろしく言っておいてね」
「おう! んじゃまた、夏休み明けにな」
「ん、行ってらっしゃい」
景気のいい声を笑顔を残すと、父はそのまま僕の部屋を、家を後にした。
玄関先くらいまでは見送らないと、とばあちゃんと共に玄関扉をくぐる頃には、停めてあったはずの車も既になくなってしまっていた。
「異国の地に置いとったら心配で仕方ないんだろうなぁ。一途過ぎて眩しいっちゃな、かなわん」
ばあちゃんは、冗談めかして言った。
僕の知っている父は、昔からああだ。
良くも悪くも裏表がも一切ない。実家でも、あんな調子だったのだろう。
ラブラブ、ってほど色めきだってる訳じゃないけど、母や僕のことを何より大切にしていて、それを下手に隠そうともしない。
そんな父だから、母も凄く信頼しているのが分かるような振る舞いを無意識にする。
その二人の間に産まれた子である僕でさえ眩しく思うくらい、運命にでも導かれたように素敵な夫婦だ。
「さて。浩司の分までスイカ切ってあげるけぇ、好きに食べんさい」
「ん。ありがと、ばあちゃん」
頷きつつ言って、はっと気付く。
車内にいた時はあれだけ緊張していて、きっと簡単に会話することも難しいんだろうな、なんて考えていたのが嘘みたいに、僕は普通に言葉を交わせていた。
二人の人柄、雰囲気というやつが、知らぬ間にそうさせたのだろうか。
「――ばあちゃん」
「何だぁ?」
今日から、ひと月以上も世話になるのだ。
高校二年生。
少しくらい、ちゃんとしないと。
「あの……よろしく、お願いします」
「うんうん、好きにゆっくりしんさい」
振り返って向けられる、その素敵な笑顔に。
僕に、何か少しでも出来ることがあるだろうか。



