クリスマスイブの朝、カーテンを開けて窓の外を覗くと、一面の銀世界だった。というか大雪レベル。

 この日をずっと楽しみにしていた。なのに今日は永瀬に会えないのかなと不安がよぎる。

どうして今日に限って大雪なんだよ、今年は控えめな降雪量だったのにと、天気を恨みたくなる。寒いからベッドの中にスマホと潜り込むと、ちょうど永瀬からメッセージが来た。

『おはよう優心。大雪だけど、今日会えるかな? 会いたい』

 胸が高鳴る。こんな天気なのに会いたいと思ってくれている。気持ちを確認するだけで、体が芯から温まる気がした。

だけど外の様子を見ると雪は一向に止む気配がない。道路はすでに雪で埋まり、バスや車での移動は難しい。

「歩いて行けるかな……」と呟きながら、ベッドから飛び起きた。

――永瀬に会いたい。クリスマスイブ、一緒に過ごしたい。

その気持ちが強すぎて、いてもたってもいられなかった。朝ごはんを食べて準備を進める。厚手の白いコートを羽織り、水色のマフラーと手袋を装着し、茶色の長靴を履く。雪と戦う決心をすると、家を出た。

 外は想像以上に過酷だった。だけど幸い雪は止んでいた。天気予報を確認すると、数時間は降らないっぽい。膝まで積もった雪を踏みしめながら永瀬の家を目指して歩き始める。除雪している人たちを度々見かける。

 家の除雪できなくてごめん。と心の中であやまった。それから永瀬と一緒に笑顔で過ごすクリスマスイブを思い浮かべながら進む。

『バスや車は今日無理だよね? 俺が優心の家まで行こうか? 歩きだけど』と永瀬からメッセージが届いた。

『来なくて大丈夫だよ。しばらく雪が止むっぽいから今のうちに向かう』

 それから連絡は何も来なくなった。永瀬のことだからもしかして本当に歩いて迎えにきそうだな、すれ違ったら嫌だなと少し不安になる。



 ふたりの家の中間辺りにある交差点までたどり着いた。見覚えのありすぎる人影がこちらに向かって歩いてくる。スタイルの良い長身と大人っぽい紺色のコート。すぐに永瀬だと分かった。

「永瀬、なんでここに来た!?」
「あっ、優心に会えた! 良かった! 雪すごいけど、大丈夫?」

 同時に大声を出し、近づくとふたりは驚いた顔をしながら雪の中で立ち止まる。会えないかもと思っていた顔を見られた安心感、わざわざ大変な中ここまで来てくれたんだとありがたい気持ちが混ざり合う。

 ずっと見つめ合った。それからふたりで声を出して笑う。

「優心、鼻赤いよ」
「永瀬も頬がすごく赤い」
「雪もすごいけど、気温も結構低いよね。今日無理しなくても、別の日に会えたのに」
「……今日、どうしても永瀬に会いたかった」

 会えた嬉しさで気持ちが盛り上がり、普段言えない本音が素直にぽろりとこぼれる。

「俺も会いたかった。優心、寒くない? 大丈夫?」
「歩いてたから、体がポカポカしている。だけど止まったらまた寒さ感じてきたかも……」
「そこのコンビニ入ろうか。温かい飲み物でも買おう?」

 近くのコンビニに駆け込み、店の中の暖かい空気で全身を温めた。ペットボトルのホットココアをふたつ買うと再び外に出る。ひとりの時と気持ちが全然違う。例え今から大雪がまた降り出しても、永瀬の家まで着くのが余裕だなとまで思えてくる。

 永瀬がいれば、大変だった時間が大好きな時間へと変化する。
 ひとりの時は不安が強かったのにな。

 ホットココアを飲むと、蓋をしてコートのポケットへ。

「優心、こんな雪なのに来てくれようとするなんて、実はびっくりした」と永瀬が柔らかく微笑む。

「永瀬も、僕の家まで来るつもりだったの?」
「うん。雪のせいで会えなくなったら嫌だなと思って。それに、今日優心に渡したいものがあったから。一応持ってきたけれど、俺の家で落ち着いてから渡すね」

永瀬の黒いショルダーバッグを見る。この中に、くれるものが入っているのか。何が入っているのかがすごく気になる。

「実は僕も渡すものがある」
「なんだろう、楽しみだな」

 永瀬へのプレゼントは、コートのポケットに忍ばせてある。

 何をくれるのだろう。
 渡したらどんな反応をするだろう。

 ソワソワしてくる。早く永瀬の家に着きたい。だけど思い通りに進めなくて、雪に埋まりながら歩くのがおっくうになってきた。

「もう、本当に歩きずらい!」
「大丈夫?」と、当たり前のように手を差し出してくる永瀬。僕は永瀬の手を握った。

 手を繋ぐと、永瀬がリードしてくれているからか歩きやすくなる。気持ちに余裕ができると手を繋ぐきっかけとなった大雪に感謝の気持ちも湧いてきた。

 単純だな、自分。

 もっとこの時間が続いてもいいかな。
 だけどあっという間に永瀬のマンションに着いた。

 玄関前で長靴についた雪をほろう。

「大雪、ありがとう」
「えっ、何で雪に感謝?」
「だって、永瀬と手を繋げたから」

 恥ずかしくて長靴に視線を向けたままで、永瀬の表情は確認できなかったけれど。気持ちを伝えるとすっきりした。



 コートをハンガーにかけると、すぐに渡したくて、早速ポケットからプレゼントを出した。

「はい、これ。永瀬に」
「ありがとう! じゃあ俺も今渡すね」

 雪の結晶が描かれている小さな紙袋を渡された。ラッピングを丁寧に解いていく。

サンキャッチャーのたぐいかな? 壁や窓際に飾るやつ。手でぶら下げ、視線を少しずつ下ろしていく。レジンで作ったと思われる白い半透明の羽根がふたつ。中には銀色のラメが散りばめられている。水色の大きめの丸いビーズがいくつも乗っている線を辿っていくと途中で小さな蝶々が二羽いた。僕と永瀬みたいだ。一番下には雫の形をしたレジンがぶら下がっている。そのレジンのデザインが繊細で可愛い。上にひとつの三日月があり、そして半分より下には銀色の雪の結晶が多数散りばめてあり、輝いていてみえた。しかも全体が透明と薄い紺色のグラデーションになっている。僕の好きな冬の夜景のような美しさだった。

「永瀬、これすごく綺麗だな。作るのきっと時間かかったよね……」
「時間かかったけれど、優心のことを考えながら作ったから楽しかった。雪の結晶、好きって言ってたから頑張った」

 胸がじわりと熱くなる。永瀬が自分の好きなものを覚えてくれていて、丁寧に時間をかけて作ってくれたことが、言葉にならないほど嬉しかった。

 永瀬もラッピングを解き、僕が作ったアクアマリンのブレスレットを手にもつ。そして無言で腕につけて色々な角度から眺めた。

 何も言わない。気に入らなかったかな?

 不安を感じていると「ありがとう、綺麗だね。嬉しい。毎日つけるから」と永瀬はブレスレットを見つめたまま呟いた。

「永瀬からもらったプレゼントみたいに手の込んだものじゃないけど、パワーストーンのお店で、すごく悩んでこの石に決めて、これを作った」
「優心からもらえるなら、なんでも嬉しいし。このブレスレットもすごく気に入った!」

 柔らかな水色が優しい永瀬に良く似合う。本当に迷ったけれど、アクアマリンにして良かったな。

 僕たちはそれぞれもらったプレゼントをしばらく見つめた。見れば見るほど綺麗だ。本当に僕の好みが分かっている。僕を、見てくれている。

「永瀬、やっぱり僕……永瀬のことが本当に好きだわ」

 永瀬の目が一瞬大きく見開かれ、すぐにいつものような柔らかい笑顔に変わった。目にはうっすらと涙を浮かべている。

「俺も優心のことが好き。優心と恋人になりたいぐらいに大好き!」

 あらためて言われると照れる。目を逸らしそうになったが、永瀬の真剣な眼差しに引き戻される。

「……うん、いいよ。永瀬が嫌でなければ、僕と恋人になろう?」
「恋人になってもいいの? 本当の話だよ?」
「うん」

 永瀬の顔がパッと明るくなり、手をぎゅっと握ってきた。

「はぁ、伝えるの緊張した。でも伝えて良かった。優心、一緒に幸せになろう!」

 しばらく手を握っていた。大雪が降る寒い冬の日だったが、心の中は春のように温かかった。



 お昼ご飯は肉を中心にした美味しい料理を永瀬が準備してくれていて、それを食べた。その後はのんびりと過ごした。

 天気が荒れてきて帰れる雰囲気ではなかったから永瀬の家に泊まることになった。肉料理が余っていたから、夜も一緒に食べた。可愛いクマが乗った甘いクリスマスケーキも一緒に。

 風呂に入り、永瀬のブカブカな紺色ジャージを借りた。リビングの壁時計を見ると二十一時半。

「いつもなら眠たくなる時間だけど、寝るのがもったいないな」
「優心はいつも早寝なんだね。もったいない気持ち、すごく分かるな」
「今日はずっと起きていようかな」
「そう言いながら、いつの間にか寝てそうだね」
「寝ないと決めたら、寝ないし!」

 暖かい部屋で、コーヒーカップに入った濃いめのココアを一緒に飲みながら、ずっと視界に入れておきたくて窓に吊るしたサンキャッチャーを眺めた。レジンの部分が常に永瀬のようにキラキラとしている。持って帰ったらどこに飾ろうかな。やっぱり自分の部屋の窓辺りかな?

 永瀬はお風呂に入った時以外、アクアマリンのブレスレットを腕につけてくれている。

 しばらくふたりでぼんやりとしていた。

「どうしよう、何かしようか? 俺らが初めて一緒に映った動画でも観るか?」
「四人でシュシュ作ったやつ?」
「いや、俺と一緒にご飯を作って、優心がキャベツの千切りしてたやつ」
「そういえば、それが初めての動画だったな」
「結局非公開のままだけど、俺はほぼ毎日観てるよ」
「ほぼ毎日!?」

 リビングにある大きなテレビで観られるように設定をしてくれて、その時の映像が画面いっぱいに映った。

「うわ、僕、ぎこちないな。カメラ意識しすぎ」
「可愛いな、優心。映るのいつの間にか慣れていたよね」

 大きな画面に映っているぎこちない自分を観るのは恥ずかしさもあった。でも、それよりも永瀬とふたりで映っている動画を隅々観たくて、映像に集中した。

「永瀬、これって僕のスマホにも送れたりする?」
「余裕で出来るよ! 後で送るね」
「ありがとう」

「優心、これからもずっと一緒にいろんなもの作ろうな。動画も、思い出も」
「うん。約束だ」

 他にも色々な動画が画面に流れ、ソファの上で永瀬によりかかりながら眺めていると、眠気が襲ってきた。遠のく意識の中で毛布をかけてくれる気配がわずかにした。

 僕たちは寄り添いながら、雪の降る夜を一緒に過ごした。外は大雪だったが、僕にとっては世界で一番温かいクリスマスイブとなった。



 朝、目覚めると永瀬のベッドで寝ていた。しかも永瀬と一緒に。

――いつの間にベッドで寝ていたのだろうか。

 永瀬の寝顔を眺めていると、もそもそと動きだして目が開いた。

「優心、起きるの早いね。おはよう」
「おはよう」

 寝起きの永瀬はぽやぽやしていて、なんか可愛い。

「優心は、もう帰るの?」
「まだいても大丈夫そうなら、まだここにいたいな。家族のクリスマスパーティーは夜からだし、僕はまだ時間がある。永瀬は予定あるのか?」
「いや、特にないかな。じゃあ、お昼ぐらいにサンタの格好してクリスマス生配信でもする? ファンの人たち喜んでくれそうだし」
「そうだね。それまで、永瀬とゆっくりしたい」
「嬉しいな……今日は、寂しくない」

 永瀬の整ったイケメンの顔が、整ったままだけど乱れてきた。  
 そして突然、涙を流した。

「どうした?」
「起きた時に優心が目の前にいて、おはようって言えるのがこんなにも幸せなんだなって思って」
「いるよ、ずっと永瀬の目の前に僕はいるから」

 初めて見た永瀬の涙につられて僕も涙が出そうになる。永瀬は〝今日は寂しくない〟と言った。

 ずっと、寂しかったのかな?
 沢山の人に愛されているのに?

 もし寂しかったのなら、もう寂しい気持ちにはなってほしくないな。

 僕は永瀬に抱きついた。「絶対に離れないから」と宣言すると、暖かい布団にもぐり込む。

 しばらく僕と永瀬は、ぎゅっとくっついていた。くっついているうちに気持ちよくなってふたりで二度寝した。

 起きた時には昼前で、外を見ると青空が広がっていた。そして永瀬からもらったプレゼントのレジン部分が光に照らされて、とても綺麗に輝いていた。これでもかというほどに――。

「さて、生配信の準備しようか。優心、サンタとトナカイの格好、どっちがいい?」
「永瀬、サンタっぽいからトナカイかな?」

 だって、本当に永瀬は幸せを配るサンタみたいだから。一緒にいるだけで幸せな気持ちになれる。

「優心のトナカイ姿、きっと可愛いだろうな」

 これからもずっと、永瀬とこうやって幸せな動画配信を続けられたらいいな。

「永瀬サンタ、プレゼントありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう」

 僕たちは見つめ合って、微笑んだ。

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