日曜日。永瀬の家の撮影部屋でふたりきり。
いつもより静かな空間、永瀬とふたりきりで撮影することに少し緊張していた。今日は風花と柚花にプレゼントするビーズのキーホルダーを作る予定。永瀬の勉強机の一番上の引き出しを一段、分けてもらっていた。そこには僕の手芸セットが入っている。ビーズが十種類仕切り別に分けてある半透明な入れ物と、キーホルダーに使う金具などを出した。
「優心、使うビーズ選んだ?」と永瀬がカメラを調整しながら尋ねてくる。
「風花は黄色、柚花はピンクが好きだから……」と僕は手元のビーズを手に取りながら答えた。
永瀬が僕をじっと見つめてくる。
「何だよ、じろじろ見るなよ」
「いや、優心が真剣に選んでるの、なんかいいなと思って」
永瀬の笑顔が四人でいる時よりも素直な感じに見えて、それは無邪気な雰囲気というか。僕の心をざわつかせてきた。
準備を終えるとカメラの録画ボタンを永瀬は押した。
いつもの桜塚たちと撮る時のようにテンション高めに紹介とかするのかなと思いきや「さ、始めようか」とナチュラルに始まった。正直、こういう始まり方のほうがやりやすい。
今日は、永瀬が黄色で僕はピンク色を。ふたりそれぞれ使うビーズを並べ、糸を通して形を作っていく。カメラの向こうにいる視聴者のことは意識せず、まるでふたりだけの世界にいるような雰囲気で作業は進んでいった。永瀬は「楽しいな」と呟きながら、時々僕の手元を覗き込んできたりもして。「ここ、どっちがいいかな? こうしたらもっと可愛くなるかな?」といくつかアドバイスを求めてきたりもしてきた。
「このビーズの穴、他のよりも小さくて上手く通せないな」と永瀬が四苦八苦していたから僕は「見せて」と、永瀬のビーズを受け取った。
その瞬間に偶然指先が触れ合い、ドキリとした。だけど気持ちがバレないように作業を進めていく。
「永瀬は性格も情緒も安定してるし、何でも出来るし。全て楽しめて、本当に器用だよな」と呟くと、永瀬は少し照れたように笑った。
「優心とやってるから楽しいんだよ。ひとりじゃ、絶対にこんな気分にならない」
その言葉がすっと僕の心の中を潤す。
同時に照れてきた。
上手く返す言葉が見つからず「何だよ、それ……急に変なこと言うなよ」と返すのが精一杯だった。金具をつけてキーホルダーが完成した。撮影が終わると、永瀬がカメラを止める。
「優心、今日は楽しかったよ。一番楽しい撮影だったかも。またやろうな」
「うん……まあ、悪くはなかった」と僕は嬉しい気持ちを隠しながら小さな声で答えた。
永瀬とふたりきりで過ごす時間がこんにも心地よいなんて予想外だった。ふと思う。
素直にこの気持ちを伝えられたら、何かが変わるのだろうか――。
*
数日後の朝、学校で桜塚と永瀬が朝から話をしていた。
「なんだよ、いつの間に秘密のふたりきり配信始めたんだよ。ひどいな。もう俺らとはやらないのか」
「いや、秘密ではないし。それに別に四人の配信も辞めるわけではないから」
ふたりだけの配信もこっそりしよう的なことを永瀬が言っていた気もしたが、永瀬の配信を欠かさずチェックしている桜塚と山田には速攻バレた。まぁ、永瀬もすぐにバレると予想しながら提案したのだろう。
ふたりきりの配信は、静かすぎるけれどすごく好評だった。
永瀬専用のチャンネルで配信され、元々コメント数も多く、チャンネル登録者数はすでに一万人ぐらいで桜塚たちのチャンネル登録者数よりも多かったものの、登録数は更に増えていった。
『優心とかけるんのコンビ最高!』
『癒される!』
『サイレントすぎて好き』
と好意的なコメントも多く寄せられてた。
「もうふたりで撮影しないでよ、妬くわ」なんて桜塚に言われもしたけれど、実は永瀬とふたりで撮影する時間が好きになり、続けたいなとひっそりと思っていた。
そんな中、僕の心が大きく揺れる話を聞いたのは、夏休みになる前だった。
*
ふたりで動画を撮るために永瀬の家にいる時。
「夏休み、泊まりの映画ロケがあるから、しばらく撮影休みになるかな」
「そうなんだ……」
――永瀬に、会えなくなるんだ。
永瀬の言葉に対して平常心を装いながら返事をしたが、心の奥でじわりと寂しさが広がった。自分がこんな気持ちになるなんて想像もしていなかったことに戸惑った。僕は胸の辺りをギュッと掴む。
「どのくらい行ってるの?」と、低い声で尋ねた。
「三週間くらいかな。山奥で撮るから、電波もあんまり良くないみたい。だから連絡もできなくなるかもね」と永瀬は苦笑いしながら答えた。
「そっか、頑張ってこいよ」と、軽くそっけない態度で返してしまう。だけど内心、永瀬と会えない期間を想像して、胸がざわついていた。
永瀬は僕の顔をじっと見て、ふっと笑った。
「優心、もしかして寂しがってくれてる?」
「は? そんなわけないだろ! ただ、風花がうるさくなりそうだから面倒なだけだ」
「そっか」
百パーセントの嘘をついてしまった。
風花よりも僕の心の中の方がうるさくなりそうだ。
「優心にお願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「今日はお互いにお互いのキーホルダー作らないか?」
「僕が永瀬に作るってことか?」
「そう。寂しくなった時に優心の作ってくれたキーホルダーを見て、優心のことを思い出すから」
――僕と会えなくなったら、永瀬も寂しくなるのか? そして、永瀬も僕のために作ってくれる。
「永瀬にか……仕方ないな、分かったよ」
「ありがとう」
仕方ないってなんだよ。そんな気持ち少しもないくせにと、嘘ばかりつく自分にイライラしてきて心の中で自分を叱る。
「永瀬は、どんなものが欲しいとか、リクエストある?」
「優心からもらえるのなら、何でも嬉しいよ」
「アイドルの模範的回答って感じだな」
「誰にでも言うわけではないんだけどな。本当は誰にでも言えたらもっと人気でるのかもしれないけれど、俺は不器用だから嘘はつけない……」
意味ありげな発言に、思わず永瀬の顔を二度見してしまった。永瀬は眉を八の字にして悩ましげな顔をしていた。それ以上の永瀬のことを聞きたいけれど、聞けない。
「とりあえず、どんなの作るかを考えよう」と僕は言う。
小さい子たちに作る時は想像が沢山できるのに、センスが良くてこだわりがありそうなイメージの永瀬には何を作れば良いのか全くアイディアが浮かんでこない。
「優心は鞄とか鍵とかにつけたいキーホルダーのイメージって何かないの?」
「自分の鞄とかにかぁ……クマとか、あとは星とか?」
「クマは難しそうだけど、星だったら作れる。優心とお揃いにしたいな」
「僕と永瀬がお揃い?」
「うん。お揃い」
「星でお揃いか……前にシュシュ作った時に使ったはぎれ布がまだ余ってるから、それを使おうか?」
「それもいいけど……ちょっと待ってて?」と言いながら永瀬は部屋から出ると、買い物袋を持って戻ってきた。
「これ、優心やらないかな?って思って。もしかしてもうやってるかな?」
僕のためにわざわざ買ってくれたのか?
袋の中を覗くと、レジンの材料が入っていた。
詳しくはわからないけれど、液体を固めて作るもので、透明感のある綺麗なアクセサリーが作れるという知識はある。
「レジンか! やったことないけれど、機会があればやってみたいなって思ってた」
「本当に? 良かった! やり方は勉強してあるから、今日やらない? 俺が優心に教える」
「うん、ありがとう。よろしく」
準備してくれたのは、UVレジンというらしい。型に液を少なめに入れてキラキラなども加えてUVライトで固める。そして再び液を足して固めて作るんだと、撮影前に軽く説明してくれた。
思ったよりも難しくはなさそうだ。
早速準備に取り掛かる。星の型やレジン液に混ぜる色、中に閉じ込める細かなラメやホログラムのパーツも沢山準備してくれている。ちらっと永瀬を眺めながらどの色とパーツを使おうか、わくわくしながら悩む。全て選んで並べると永瀬はカメラを手に持ち、テーブルの上の材料を丁寧に映した。
そしていつものようにカメラは固定され「じゃあ撮るね」と永瀬が言う。僕が頷くと、録画ボタンが押された。
「今日はレジンに初挑戦してみたいと思います。星の型を使い、お互いのイメージカラーをイメージして作ります。そして完成したらお互いにプレゼントを。つまり俺は優心のために、優心は俺に作ります」
「お互いのイメージカラー作るって、さっき言ってた?」
「いや、今思いついた」
「イメージカラーか……」
本当はこういう場面の時は、何かお互いの特徴などを話しながら考えた方が視聴者たちは楽しめるのかな?って思うのだけど、僕たちの場合は無言でお互いを見つめて、放送事故のようになる。だけど永瀬は編集も上手いからきっと何とかしてくれるはず。
永瀬のイメージカラー。接するようになってから結構変わってきたような気がする。というか、前は嫉妬して無理やり嫌なイメージにしようとしていた。グルグルと紺色に真っ黒な色が渦巻くような色。だけど今は、優しい色だ。写真集イベントの時に着ていた爽やかな水色のような、それでいてキラキラとした細かい粒もある。
「作るイメージができた」と呟くと「俺も」と永瀬が続けて言う。
「作業をする前に換気するのと、液が手につくと肌荒れする可能性もあるので、肌荒れしないようにこれを手に装着します」
永瀬は水色のニトリル手袋、僕は薄紫色のニトリル手袋をはめた。そこまで考えていなかった僕は、さすが永瀬は用意周到だなと感心した。
星の型に入れるレジン液の色を小さな専用パレットの上に作る。少しだけ水色を乗せた爪楊枝で透明なレジン液を混ぜる。濃くなると聞いていたから最初は水色が少なすぎて薄すぎたけれど、二回目にちょうど良い感じに永瀬色になった。
永瀬が僕をどう思っているのか気になるから、ちらっと覗く。
「色、同じ!」
「本当だね、優心はこんなイメージだって、すぐに思ったよ」
トゲトゲしい態度で接してしまうから全く違う色のイメージを持たれてそうだと思ったのに。そういえば、僕の落としたビーズを飾ってあったのを見た時も何か言っていたっけな。
たしか、光に当てると透き通って、羽月みたいに綺麗な色だったからって。印象強すぎて今も頭に残っている言葉。
思い出してひとりでそっと笑いながら永瀬色のレジン液を星の型に少し入れた。そして次はラメを。最初は金色のラメだけにしようとしていたけれど黄色やピンクのホログラムも可愛いなと思い少し使ってみることにした。星を斜めの線でふたつに分けるイメージを頭の中で描き、下半分にピンセットで丁寧にひとつひとつ確認しながら乗せていく。そこまでは被らないだろうなと思いながら永瀬の星を見ると、結構似ていた。
そこまでお揃いなのは以前までは嫌だったけれど、今は嬉しく感じる。ライトで固めて再びレジン液を足しまたライトで固めると綺麗に仕上がった。
「初めてにしては上出来、かな?」
「初めてじゃないくらいに優心の綺麗だね」
自ら褒めるひとりごとに反応されて僕は照れた。星の頭にある穴に金色の金具をつけ、永瀬と僕のお揃いキーホルダーは完成した。視聴者にお礼と挨拶をすると、カメラの電源を切った。
永瀬は嬉しそうに笑い、僕が作ったキーホルダーを手に持ったまま立ち上がりリビングへ行くと、ソファに座った。そしてずっとキーホルダーを眺めている。
「優心にとって、俺はこんなイメージなのか。キラキラしてて綺麗だな……優心が作ってくれたこのキーホルダー、ずっと大切にするから」
その言葉に心臓がドキリと鳴り、嬉しさも込み上げてきた。
「別に……大事にしなくてもいいけど」とまた余計な言葉を呟きながら、心の中で「僕も」と呟く。
永瀬の横に座ると、永瀬が深刻そうに話し始めた。
「俺、いつも笑ってるけどさ……本当は、笑うことしかできないんだ」
「どういうこと? イメージ良くていいことじゃん」
「嫌われるのが怖いって、前に言っただろ? 俺、いつも完璧でいなきゃいけないんだって思ってて。でも、優心といると、なんか……そのままでいいかなって思えるんだ」
永瀬は微笑むがいつも見せる余裕のある笑顔とは違う。脆い表情だった。
初めて見る永瀬のそんな顔に、胸がギュッと痛くなる。永瀬の目がうっすらと潤んでいる。いつも完璧な笑顔しか見せない永瀬が、こんな顔をするなんて。
「永瀬、大丈夫か?」
「綺麗に作ってくれたから、なんか語りたくなって……変なとこ見せて、ごめん」
永瀬は目を擦ると、笑ってごまかそうとした。
「いや、変じゃないし……それに、僕の前ではいつでも泣いていいからな」
「人前ではきっと泣けない、かな」
「……僕もさ、秘密をひとつ打ち明けると、永瀬のこと最初は嫌いだった。だけど一緒にいるうちに、絶対に永瀬のことを嫌いじゃないなって思って……」
永瀬が驚きながら僕の顔を見た。
「嫌いだったんだ?」
「う、うん……まあ、今振り返れば風花が永瀬の大ファンだったから、ちょっと嫉妬してただけだけどな」と正直に打ち明けた。
永瀬はくすっと笑う。
「そっか、嫉妬で嫌われていたのか。冷たくされた時は寂しかったな」
「ごめん」
「『イベントに来るほど俺の事好きなんでしょ』みたいな冗談を言っていた気がするけど、妹のために来ていたことも知っていたし。実は冷たくされた時、しばらく気にしすぎてた。でも、そっか。もう嫌じゃないんだ……良かった!」
無邪気に微笑む永瀬。その笑顔は、いつもよりずっと柔らかく、僕の心を強く揺さぶった。
「しばらく会えないけれど、忘れないでね。というか、もう嫌いにならないでね」と言いながら突然永瀬が優しく抱きついてきた。こんなことされる経験は初めてだった。
心臓が壊れそうなくらいに速くなる。
この瞬間が強く記憶に刻み込まれる。
記憶喪失になっても忘れないくらいに、僕の心身全てに永瀬が刻み込まれた感じだった。
「こんなことされたら、忘れられないわ」
「そっか、良かった」
やっぱり永瀬は誰をも虜にする魔性の男だ。そんな行動をされたことにより、本当に四六時中永瀬のことを考え、決して忘れることはなかった。
*
いつもより静かな空間、永瀬とふたりきりで撮影することに少し緊張していた。今日は風花と柚花にプレゼントするビーズのキーホルダーを作る予定。永瀬の勉強机の一番上の引き出しを一段、分けてもらっていた。そこには僕の手芸セットが入っている。ビーズが十種類仕切り別に分けてある半透明な入れ物と、キーホルダーに使う金具などを出した。
「優心、使うビーズ選んだ?」と永瀬がカメラを調整しながら尋ねてくる。
「風花は黄色、柚花はピンクが好きだから……」と僕は手元のビーズを手に取りながら答えた。
永瀬が僕をじっと見つめてくる。
「何だよ、じろじろ見るなよ」
「いや、優心が真剣に選んでるの、なんかいいなと思って」
永瀬の笑顔が四人でいる時よりも素直な感じに見えて、それは無邪気な雰囲気というか。僕の心をざわつかせてきた。
準備を終えるとカメラの録画ボタンを永瀬は押した。
いつもの桜塚たちと撮る時のようにテンション高めに紹介とかするのかなと思いきや「さ、始めようか」とナチュラルに始まった。正直、こういう始まり方のほうがやりやすい。
今日は、永瀬が黄色で僕はピンク色を。ふたりそれぞれ使うビーズを並べ、糸を通して形を作っていく。カメラの向こうにいる視聴者のことは意識せず、まるでふたりだけの世界にいるような雰囲気で作業は進んでいった。永瀬は「楽しいな」と呟きながら、時々僕の手元を覗き込んできたりもして。「ここ、どっちがいいかな? こうしたらもっと可愛くなるかな?」といくつかアドバイスを求めてきたりもしてきた。
「このビーズの穴、他のよりも小さくて上手く通せないな」と永瀬が四苦八苦していたから僕は「見せて」と、永瀬のビーズを受け取った。
その瞬間に偶然指先が触れ合い、ドキリとした。だけど気持ちがバレないように作業を進めていく。
「永瀬は性格も情緒も安定してるし、何でも出来るし。全て楽しめて、本当に器用だよな」と呟くと、永瀬は少し照れたように笑った。
「優心とやってるから楽しいんだよ。ひとりじゃ、絶対にこんな気分にならない」
その言葉がすっと僕の心の中を潤す。
同時に照れてきた。
上手く返す言葉が見つからず「何だよ、それ……急に変なこと言うなよ」と返すのが精一杯だった。金具をつけてキーホルダーが完成した。撮影が終わると、永瀬がカメラを止める。
「優心、今日は楽しかったよ。一番楽しい撮影だったかも。またやろうな」
「うん……まあ、悪くはなかった」と僕は嬉しい気持ちを隠しながら小さな声で答えた。
永瀬とふたりきりで過ごす時間がこんにも心地よいなんて予想外だった。ふと思う。
素直にこの気持ちを伝えられたら、何かが変わるのだろうか――。
*
数日後の朝、学校で桜塚と永瀬が朝から話をしていた。
「なんだよ、いつの間に秘密のふたりきり配信始めたんだよ。ひどいな。もう俺らとはやらないのか」
「いや、秘密ではないし。それに別に四人の配信も辞めるわけではないから」
ふたりだけの配信もこっそりしよう的なことを永瀬が言っていた気もしたが、永瀬の配信を欠かさずチェックしている桜塚と山田には速攻バレた。まぁ、永瀬もすぐにバレると予想しながら提案したのだろう。
ふたりきりの配信は、静かすぎるけれどすごく好評だった。
永瀬専用のチャンネルで配信され、元々コメント数も多く、チャンネル登録者数はすでに一万人ぐらいで桜塚たちのチャンネル登録者数よりも多かったものの、登録数は更に増えていった。
『優心とかけるんのコンビ最高!』
『癒される!』
『サイレントすぎて好き』
と好意的なコメントも多く寄せられてた。
「もうふたりで撮影しないでよ、妬くわ」なんて桜塚に言われもしたけれど、実は永瀬とふたりで撮影する時間が好きになり、続けたいなとひっそりと思っていた。
そんな中、僕の心が大きく揺れる話を聞いたのは、夏休みになる前だった。
*
ふたりで動画を撮るために永瀬の家にいる時。
「夏休み、泊まりの映画ロケがあるから、しばらく撮影休みになるかな」
「そうなんだ……」
――永瀬に、会えなくなるんだ。
永瀬の言葉に対して平常心を装いながら返事をしたが、心の奥でじわりと寂しさが広がった。自分がこんな気持ちになるなんて想像もしていなかったことに戸惑った。僕は胸の辺りをギュッと掴む。
「どのくらい行ってるの?」と、低い声で尋ねた。
「三週間くらいかな。山奥で撮るから、電波もあんまり良くないみたい。だから連絡もできなくなるかもね」と永瀬は苦笑いしながら答えた。
「そっか、頑張ってこいよ」と、軽くそっけない態度で返してしまう。だけど内心、永瀬と会えない期間を想像して、胸がざわついていた。
永瀬は僕の顔をじっと見て、ふっと笑った。
「優心、もしかして寂しがってくれてる?」
「は? そんなわけないだろ! ただ、風花がうるさくなりそうだから面倒なだけだ」
「そっか」
百パーセントの嘘をついてしまった。
風花よりも僕の心の中の方がうるさくなりそうだ。
「優心にお願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「今日はお互いにお互いのキーホルダー作らないか?」
「僕が永瀬に作るってことか?」
「そう。寂しくなった時に優心の作ってくれたキーホルダーを見て、優心のことを思い出すから」
――僕と会えなくなったら、永瀬も寂しくなるのか? そして、永瀬も僕のために作ってくれる。
「永瀬にか……仕方ないな、分かったよ」
「ありがとう」
仕方ないってなんだよ。そんな気持ち少しもないくせにと、嘘ばかりつく自分にイライラしてきて心の中で自分を叱る。
「永瀬は、どんなものが欲しいとか、リクエストある?」
「優心からもらえるのなら、何でも嬉しいよ」
「アイドルの模範的回答って感じだな」
「誰にでも言うわけではないんだけどな。本当は誰にでも言えたらもっと人気でるのかもしれないけれど、俺は不器用だから嘘はつけない……」
意味ありげな発言に、思わず永瀬の顔を二度見してしまった。永瀬は眉を八の字にして悩ましげな顔をしていた。それ以上の永瀬のことを聞きたいけれど、聞けない。
「とりあえず、どんなの作るかを考えよう」と僕は言う。
小さい子たちに作る時は想像が沢山できるのに、センスが良くてこだわりがありそうなイメージの永瀬には何を作れば良いのか全くアイディアが浮かんでこない。
「優心は鞄とか鍵とかにつけたいキーホルダーのイメージって何かないの?」
「自分の鞄とかにかぁ……クマとか、あとは星とか?」
「クマは難しそうだけど、星だったら作れる。優心とお揃いにしたいな」
「僕と永瀬がお揃い?」
「うん。お揃い」
「星でお揃いか……前にシュシュ作った時に使ったはぎれ布がまだ余ってるから、それを使おうか?」
「それもいいけど……ちょっと待ってて?」と言いながら永瀬は部屋から出ると、買い物袋を持って戻ってきた。
「これ、優心やらないかな?って思って。もしかしてもうやってるかな?」
僕のためにわざわざ買ってくれたのか?
袋の中を覗くと、レジンの材料が入っていた。
詳しくはわからないけれど、液体を固めて作るもので、透明感のある綺麗なアクセサリーが作れるという知識はある。
「レジンか! やったことないけれど、機会があればやってみたいなって思ってた」
「本当に? 良かった! やり方は勉強してあるから、今日やらない? 俺が優心に教える」
「うん、ありがとう。よろしく」
準備してくれたのは、UVレジンというらしい。型に液を少なめに入れてキラキラなども加えてUVライトで固める。そして再び液を足して固めて作るんだと、撮影前に軽く説明してくれた。
思ったよりも難しくはなさそうだ。
早速準備に取り掛かる。星の型やレジン液に混ぜる色、中に閉じ込める細かなラメやホログラムのパーツも沢山準備してくれている。ちらっと永瀬を眺めながらどの色とパーツを使おうか、わくわくしながら悩む。全て選んで並べると永瀬はカメラを手に持ち、テーブルの上の材料を丁寧に映した。
そしていつものようにカメラは固定され「じゃあ撮るね」と永瀬が言う。僕が頷くと、録画ボタンが押された。
「今日はレジンに初挑戦してみたいと思います。星の型を使い、お互いのイメージカラーをイメージして作ります。そして完成したらお互いにプレゼントを。つまり俺は優心のために、優心は俺に作ります」
「お互いのイメージカラー作るって、さっき言ってた?」
「いや、今思いついた」
「イメージカラーか……」
本当はこういう場面の時は、何かお互いの特徴などを話しながら考えた方が視聴者たちは楽しめるのかな?って思うのだけど、僕たちの場合は無言でお互いを見つめて、放送事故のようになる。だけど永瀬は編集も上手いからきっと何とかしてくれるはず。
永瀬のイメージカラー。接するようになってから結構変わってきたような気がする。というか、前は嫉妬して無理やり嫌なイメージにしようとしていた。グルグルと紺色に真っ黒な色が渦巻くような色。だけど今は、優しい色だ。写真集イベントの時に着ていた爽やかな水色のような、それでいてキラキラとした細かい粒もある。
「作るイメージができた」と呟くと「俺も」と永瀬が続けて言う。
「作業をする前に換気するのと、液が手につくと肌荒れする可能性もあるので、肌荒れしないようにこれを手に装着します」
永瀬は水色のニトリル手袋、僕は薄紫色のニトリル手袋をはめた。そこまで考えていなかった僕は、さすが永瀬は用意周到だなと感心した。
星の型に入れるレジン液の色を小さな専用パレットの上に作る。少しだけ水色を乗せた爪楊枝で透明なレジン液を混ぜる。濃くなると聞いていたから最初は水色が少なすぎて薄すぎたけれど、二回目にちょうど良い感じに永瀬色になった。
永瀬が僕をどう思っているのか気になるから、ちらっと覗く。
「色、同じ!」
「本当だね、優心はこんなイメージだって、すぐに思ったよ」
トゲトゲしい態度で接してしまうから全く違う色のイメージを持たれてそうだと思ったのに。そういえば、僕の落としたビーズを飾ってあったのを見た時も何か言っていたっけな。
たしか、光に当てると透き通って、羽月みたいに綺麗な色だったからって。印象強すぎて今も頭に残っている言葉。
思い出してひとりでそっと笑いながら永瀬色のレジン液を星の型に少し入れた。そして次はラメを。最初は金色のラメだけにしようとしていたけれど黄色やピンクのホログラムも可愛いなと思い少し使ってみることにした。星を斜めの線でふたつに分けるイメージを頭の中で描き、下半分にピンセットで丁寧にひとつひとつ確認しながら乗せていく。そこまでは被らないだろうなと思いながら永瀬の星を見ると、結構似ていた。
そこまでお揃いなのは以前までは嫌だったけれど、今は嬉しく感じる。ライトで固めて再びレジン液を足しまたライトで固めると綺麗に仕上がった。
「初めてにしては上出来、かな?」
「初めてじゃないくらいに優心の綺麗だね」
自ら褒めるひとりごとに反応されて僕は照れた。星の頭にある穴に金色の金具をつけ、永瀬と僕のお揃いキーホルダーは完成した。視聴者にお礼と挨拶をすると、カメラの電源を切った。
永瀬は嬉しそうに笑い、僕が作ったキーホルダーを手に持ったまま立ち上がりリビングへ行くと、ソファに座った。そしてずっとキーホルダーを眺めている。
「優心にとって、俺はこんなイメージなのか。キラキラしてて綺麗だな……優心が作ってくれたこのキーホルダー、ずっと大切にするから」
その言葉に心臓がドキリと鳴り、嬉しさも込み上げてきた。
「別に……大事にしなくてもいいけど」とまた余計な言葉を呟きながら、心の中で「僕も」と呟く。
永瀬の横に座ると、永瀬が深刻そうに話し始めた。
「俺、いつも笑ってるけどさ……本当は、笑うことしかできないんだ」
「どういうこと? イメージ良くていいことじゃん」
「嫌われるのが怖いって、前に言っただろ? 俺、いつも完璧でいなきゃいけないんだって思ってて。でも、優心といると、なんか……そのままでいいかなって思えるんだ」
永瀬は微笑むがいつも見せる余裕のある笑顔とは違う。脆い表情だった。
初めて見る永瀬のそんな顔に、胸がギュッと痛くなる。永瀬の目がうっすらと潤んでいる。いつも完璧な笑顔しか見せない永瀬が、こんな顔をするなんて。
「永瀬、大丈夫か?」
「綺麗に作ってくれたから、なんか語りたくなって……変なとこ見せて、ごめん」
永瀬は目を擦ると、笑ってごまかそうとした。
「いや、変じゃないし……それに、僕の前ではいつでも泣いていいからな」
「人前ではきっと泣けない、かな」
「……僕もさ、秘密をひとつ打ち明けると、永瀬のこと最初は嫌いだった。だけど一緒にいるうちに、絶対に永瀬のことを嫌いじゃないなって思って……」
永瀬が驚きながら僕の顔を見た。
「嫌いだったんだ?」
「う、うん……まあ、今振り返れば風花が永瀬の大ファンだったから、ちょっと嫉妬してただけだけどな」と正直に打ち明けた。
永瀬はくすっと笑う。
「そっか、嫉妬で嫌われていたのか。冷たくされた時は寂しかったな」
「ごめん」
「『イベントに来るほど俺の事好きなんでしょ』みたいな冗談を言っていた気がするけど、妹のために来ていたことも知っていたし。実は冷たくされた時、しばらく気にしすぎてた。でも、そっか。もう嫌じゃないんだ……良かった!」
無邪気に微笑む永瀬。その笑顔は、いつもよりずっと柔らかく、僕の心を強く揺さぶった。
「しばらく会えないけれど、忘れないでね。というか、もう嫌いにならないでね」と言いながら突然永瀬が優しく抱きついてきた。こんなことされる経験は初めてだった。
心臓が壊れそうなくらいに速くなる。
この瞬間が強く記憶に刻み込まれる。
記憶喪失になっても忘れないくらいに、僕の心身全てに永瀬が刻み込まれた感じだった。
「こんなことされたら、忘れられないわ」
「そっか、良かった」
やっぱり永瀬は誰をも虜にする魔性の男だ。そんな行動をされたことにより、本当に四六時中永瀬のことを考え、決して忘れることはなかった。
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