永瀬の家に着く。永瀬の兄は僕たちを送ったあと「帰り送ってあげるからね」と言い残し、いなくなった。
今、永瀬と家の中でふたりきりだ。
「昼ご飯作るから、その辺でくつろいでて」
「うん、分かった」
永瀬は買い物袋を持つとキッチンへ。僕もさっき買った手芸の商品を、持ってきた糸たちと共に撮影部屋の白いテーブルの上に置いた。
他には特にやることがない。だんだん気持ちがソワソワしてきた。チラチラと何回もキッチンの方に目をやる。
キッチンから肉を焼く音と香りが漂ってきた。落ち着かないから僕もキッチンへ。
「永瀬、な、何か手伝うか?」
「いや、大丈夫だよ」
「……集まる時、いつもこんなに料理作ってるのか?」
「いや、いつもは各自持参とか、たまに軽食を作るぐらい、かな」
「そうなんだ……」
――今日は、僕がいるから特別なのか?
永瀬は長ネギの入ったたまごスープ、鶏肉料理、ポテトサラダを同時進行で手際よく作っている。だけど料理なら負けない気がする。
手伝いたい気持ちが強くなり、僕はキャベツの千切りを始めた。
「千切り上手いね。羽月は料理もできるんだな、器用だね」と、永瀬がニコッと笑う。
「料理は、妹たちのためにやってるだけだよ」と、僕は永瀬と逆の方向を向いた。永瀬から褒められるのが嫌ではなかった。胸の辺りがちょっと温かくなって、ひっそりバレないようにニヤッとする。
永瀬と並んで作業をするのは初めてだ。永瀬は周りの空気を読み、合わせるのが得意だからか、協力して料理をする作業はスムーズに進んでいく。千切りを終えた僕はレンジで柔らかくしたじゃがいもを受け取るとそのままポテトサラダの担当となった。
「この野菜スープ、味見してみて?」
小皿に乗せたスープをスプーンに入れ、僕の口の中に入れてきた。スープを永瀬に飲ませてもらう流れに、ドキッとした。
「ち、ちょうどいい味だ」
「良かった! なんか、羽月と料理するの楽しいな」
「僕は、別に……」
しばらく無言が続いたあと、永瀬は言った。
「そうだ、この風景使うか分からないけど、撮影してるから」
「はっ? そういうのは早く言えよ」
予想外なことを言われ辺りを見回すと、斜め後ろにカメラを見つけた。学校で勝手に撮られていた時を思い出す。その時もだけど――。
「本当に勝手に映されるのは嫌だ」
「ごめん。これからはきちんと必ず伝えるから」
それっきり僕たちは無言で料理をした。
*
お昼ご飯時。料理がちょうど完成したタイミングで桜塚と山田が到着した。
「肉の匂いがするな! ちょうど食べたかった」と、桜塚が言うと「今日は優心さまが来るからいつもよりも料理頑張るって永瀬言ってたよな? だから楽しみにしてた」と山田が続ける。
僕のいない場所でそんなこと言ってくれていたんだ――。
桜塚と山田はリビングの食卓席に座った。
食事が並べられる。当たり前のように、山田がカメラをセットした。
「これも、撮るのか?」
「うん。だけど羽月が嫌なら公開しない」
僕が質問すると山田が答える前に永瀬が言った。ただでさえプライベートで食事の時にジロジロ見られると落ち着かない。
「食べるところまで不特定多数の人にみられるのは、嫌だ」
「そうだよね」
永瀬のチャンネルの配信動画では食べているシーンが多数あるから、永瀬の今の発言はただ僕に意見を合わせてくれた。だけど嫌だと伝えたから公開はしないだろう。僕はカメラのことは気にせずに永瀬が炒めた塩コショウで味付けした鶏肉を口にした。ただ焼いただけの鶏肉。僕もうちでよく作る。だけど、どうしてだろう。とても美味しく感じる。
それは、永瀬が焼いたからだろうか――。
*
永瀬と僕は黙って食べ、桜塚と山田はカメラを意識しながらずっと話をしていた。と、そんな感じでお昼ご飯の時間は終わった。
次はとうとう世間に流れる動画を撮る時間だ。撮影部屋に移動すると、顔が映るように僕たちの正面にカメラが置かれた。正面に置かれるとさっきの斜め後ろにカメラがあった時よりも緊張感が増す。
「四人バージョンの編集楽しみだな~」とまだ撮ってもいないのに山田が呟いた。
今から撮る動画は山田が後から編集するのは知っていた。直接聞いたわけではない。撮影裏話の動画で山田が一生懸命編集している様子がアップされていたのを観た。
白色のローテーブルに広げた布やビーズ。それらをじっと眺めていると僕の横に永瀬が座った。
僕は何をすればいいんだろう。
こないだ会議はしたけれど、結局話し合いらしいことはあんまりしていなかったな。
最後まで流れるままに、周りに全て任せよう。
僕は正座をし、背筋を伸ばしながら誰かが何かやるのを待機した。僕たちを囲むように桜塚たちも座ってきた。
左から山田、永瀬、僕、桜塚の順番に並んだ。
「オープニングどうする?」と桜塚が問うと
「好きなようにしていいよ」と永瀬が答える。
「まぁ、一応考えてきたんだけどな。今から伝授するから覚えてくれ」
あぁ、映るだけでも緊張するのに桜塚が言った話を覚えなければならないのか。
「じゃあ、まずは……」
間違えて迷惑はかけたくはないから真剣に話を聞いた。そしてついにカメラの録画ボタンが押されて撮影が始まってしまった。
「みなさん、こんにちは! 桜塚です」
「山田です」
「今回は、記念すべき二十回目の配信となります。そしてなんと、新しいレギュラーメンバーが!」
「今回だけじゃなくてレギュラーになってくれるのか?」
桜塚と山田が交互に話をしている。
「多分、なってくれるはず! それでは自己紹介をお願いします。まずは、北の大地の芸能活動で大活躍中の、かけるん!」
「大活躍中なのかな? 初めまして。かけるんこと、永瀬翔です。頑張りますのでよろしくお願いします」
アイドルの微笑みを見せる永瀬。
「そして、偶然生配信で映ったのと同時に話題になった、天使の」
桜塚は言いながら手をばばっとこっちに向けてくる。
「は、羽月優心です。よろしく、お願い、します……」
「ということで、今日の企画は手芸が得意な優心さまに手芸を教わりたいと思いまっす! 優心さま、今日は何を作るのでしょうか?」
「……」
無駄にテンションが高いな。あぁ、なんかこの感じ、苦手だなぁ……逃げたい。緊張は溶けて逆に冷めてしまう。
「羽月、カメラないと思って普段通りでいいから」と、無言になったせいで緊張しすぎていると思われたのか、永瀬が耳元で呟いた。
「……今日は、シュシュを作ります」
「誰かにプレゼント?」と山田が聞いてくる。
「僕の妹たちに……」
「いいね! 可愛い! 俺たちも優心さまの妹たちにプレゼントするシュシュ作ってみるか!」と桜塚はピンク色のギンガムチェックのはぎれ布を手に取る。
「羽月は、どの布がいい?」
「黄色い花柄がいい」
だって、風花が一番好きそうな柄だから。
永瀬が「やっぱりそうだよね」と僕の心を読んだように黄色い花柄模様の布を手に取り、僕に渡した。続けて永瀬は「俺はクマが好きだからこれかな」と白地にクマ模様の布を選んだ。山田は残りの水色の布だ。
「まずは、布を切ります」
棒読みなのを自覚しながら説明を始めた。そしてまず、自分の布をささっと長方形に切る。他の人たちも僕の真似をしてゆっくり切っていく。その間に自分のお裁縫道具の針と、それぞれの布にあった色の糸を配った。
全員が切ったのを確認する。
「次は、端と端を円になるように合わせて縫います」
桜塚は「何これ難しい」と言いながら雑に縫う。山田は「こういうの得意かも」と、凄く細かく丁寧に、でもよく見ると縫い方にムラがある。そして永瀬は無言で上手にバランスよく縫っていた。
「次は布をこうやって折って――」
なんか、この四人で手芸をやるとか、不思議だな。それぞれの性格が縫い方に現れていて面白いと思ってしまった。桜塚が途中で違うところを縫いだしてやり直しをし、ちょっとムッとしてしまっていたけれど、作業は順調に進んでいった。
ラストは買った白のパールビーズや白い花の大きめなビーズ、家から持ってきた飾りを自由に縫いつけた。それぞれ、無事にシュシュは完成した。
撮影が終わり、桜塚と山田が機材を片付けている。そして撮影部屋から出ていった。
テーブルに並べられたシュシュで髪の毛をまとめている風花たちの姿を想像した。
風花と柚花がすごく喜びそうだな――。
僕の横に座っていた永瀬が、僕が作った花柄のシュシュを手に持ち、じっと眺める。そして腕にはめた。
「腕、きつくないの?というか、ゴムが無駄に伸びる」
「あっ、ごめん。腕につけてる子もたまにいるなぁと思って……」と慌てて永瀬はシュシュを腕から外した。そして「ブレスレット、いいな……」と微妙に聞こえるぐらいの声で永瀬は呟いた。
僕は永瀬が作ったクマのシュシュを手に取り、細かく観察した。
「永瀬は、よく手芸するの?」
「いや、しないけど」
「しないのに作るの上手いな」とぽつり呟くと、永瀬はいつもの余裕ある笑みを浮かべた。
「羽月の説明が分かりやすかったからな。ていうか、羽月にお願いがあるんだけど」
「何? 手芸関係のこと?」
「いや……」
珍しくモジモジしている。
「なんだよ、気になるから早く言えよ」
「うん。あの、羽月のことを優心って呼んでいい?」
突然の予想外のお願いに驚いた。
「急に、どうした?」
「いや、動画配信の時にその方が視聴者さんたち、色んな妄想ができて喜ぶと思うからさ」
色々な妄想ってなんだろうか。
というか、なんだ。視聴者のためにか。と、なぜかがっかりしてしまう。どんな理由だったらがっかりしなかったんだろう自分。
「まあ……いいけど」と、声を低めにして答える。
「優心」と、永瀬が顔を近づけてきた。
「な、なんだよ」
心臓の音が速く鳴るのを感じるから、それを意識しないようにした。
「優心、これからも手芸色々教えてほしい。あと、一緒に動画配信続けようね」と永瀬が言う。いつものように柔らかい声だったけれども何かが違う。真剣さが混じっていたような。だけど――
初めての動画撮影は結局、楽しかったけれど疲れの方が割合が多かった。
「もう、やらないかな。配信は桜塚たちとやればいいじゃん」
やらないと断言してしまった。何故か後悔がじわりじわりとにじみでてくる。いや、なんで後悔してるんだよ。と、自分自身に問いかけた。
「優心と一緒がいい」と永瀬は言い、僕の目をじっと見つめてきた。いつもは余裕たっぷりそうな永瀬の瞳に、緊張のようなものが垣間見えた気がした。
ずっと見つめ合っていると全身が石のように固まりそうになってきたから「次は……気が向いたら参加しようかな」とシュシュの縫い目を見ているふりをしながらごまかした。
「優心は、撮影嫌だった?」
「いや、そんなはっきりと嫌だったわけではないけれど、テンションが高くて疲れた」
「そっか……」
だけど、隣で永瀬が一緒に同じ作業をしていて、胸の奥で何か温かいものが広がっていくのも感じていた。なんか悔しいから永瀬には絶対に秘密だけども。
*
撮影してから約一週間後、動画は公開された。教室で休み時間に集まり、山田のスマホで鑑賞する。
ほとんどが永瀬に対してのコメントだけど、僕に対してのコメントも結構書いてあった。
『純白な優心さま、存在だけで安らぐ』
『優心くんは目の保養』
『天使、再び降臨』
実際の僕は、視聴者が思い描く天使のようなイメージからは遠い。どっちかと言うと毒々しい。
「ふたりがいるとユーザーの反応違いすぎて楽しいな」と、桜塚は満足そうな笑みを見せた。
以前桜塚たちの動画を覗いた時にはコメントは見当たらなかった。今は余裕で百を超えているコメント数。そしてチャンネル登録数とアクセス数もどんどん覗くたびに増えていった。そして僕が永瀬と共演したことに、妹の風花と柚花、姉の沙菜までもが喜んでいた。
その後も結局上手い言葉に丸め込まれ、三人と動画配信を続けた。映ることやテンションの高さにも慣れ、桜塚のテンションを上手くかわす技術も身につけた。鬼ごっこの対戦ゲームをする企画の時も参加させられた。すぐに負ける僕は悔しい気持ちを抱えながら途中にも関わらず離脱した。そして僕の避難場所として常に設置してある撮影部屋の手芸コーナーへ行き、ほぼ画面に映るだけの日もあった。なぜかその光景にハマる人たちもいて、意味不明だがコメントで感謝されたりもした。
最初は風花のためだけに参加していたはずだったのにな……いつの間にか撮影の時間が楽しみになっていた。
特に、永瀬と一緒に手芸をしてることが僕の中で特別なものになっていった。そんな中、撮影の合間にこっそり永瀬が提案してきた。
「なあ、優心。桜塚たちには内緒で、ふたりだけで手芸配信してみない?」と。
「ふたりだけで? なんで?」
「なんか、優心とふたりだけで何か作るの楽しそうだから。ほら、桜塚たちはいつも騒がしいし……ふたりだと落ち着いて手芸ができるのかなって」
永瀬はふふっと爽やかに笑いながら言う。その笑顔から逃れられなくなり「分かった」と、操られたように頷いてしまった。
*
今、永瀬と家の中でふたりきりだ。
「昼ご飯作るから、その辺でくつろいでて」
「うん、分かった」
永瀬は買い物袋を持つとキッチンへ。僕もさっき買った手芸の商品を、持ってきた糸たちと共に撮影部屋の白いテーブルの上に置いた。
他には特にやることがない。だんだん気持ちがソワソワしてきた。チラチラと何回もキッチンの方に目をやる。
キッチンから肉を焼く音と香りが漂ってきた。落ち着かないから僕もキッチンへ。
「永瀬、な、何か手伝うか?」
「いや、大丈夫だよ」
「……集まる時、いつもこんなに料理作ってるのか?」
「いや、いつもは各自持参とか、たまに軽食を作るぐらい、かな」
「そうなんだ……」
――今日は、僕がいるから特別なのか?
永瀬は長ネギの入ったたまごスープ、鶏肉料理、ポテトサラダを同時進行で手際よく作っている。だけど料理なら負けない気がする。
手伝いたい気持ちが強くなり、僕はキャベツの千切りを始めた。
「千切り上手いね。羽月は料理もできるんだな、器用だね」と、永瀬がニコッと笑う。
「料理は、妹たちのためにやってるだけだよ」と、僕は永瀬と逆の方向を向いた。永瀬から褒められるのが嫌ではなかった。胸の辺りがちょっと温かくなって、ひっそりバレないようにニヤッとする。
永瀬と並んで作業をするのは初めてだ。永瀬は周りの空気を読み、合わせるのが得意だからか、協力して料理をする作業はスムーズに進んでいく。千切りを終えた僕はレンジで柔らかくしたじゃがいもを受け取るとそのままポテトサラダの担当となった。
「この野菜スープ、味見してみて?」
小皿に乗せたスープをスプーンに入れ、僕の口の中に入れてきた。スープを永瀬に飲ませてもらう流れに、ドキッとした。
「ち、ちょうどいい味だ」
「良かった! なんか、羽月と料理するの楽しいな」
「僕は、別に……」
しばらく無言が続いたあと、永瀬は言った。
「そうだ、この風景使うか分からないけど、撮影してるから」
「はっ? そういうのは早く言えよ」
予想外なことを言われ辺りを見回すと、斜め後ろにカメラを見つけた。学校で勝手に撮られていた時を思い出す。その時もだけど――。
「本当に勝手に映されるのは嫌だ」
「ごめん。これからはきちんと必ず伝えるから」
それっきり僕たちは無言で料理をした。
*
お昼ご飯時。料理がちょうど完成したタイミングで桜塚と山田が到着した。
「肉の匂いがするな! ちょうど食べたかった」と、桜塚が言うと「今日は優心さまが来るからいつもよりも料理頑張るって永瀬言ってたよな? だから楽しみにしてた」と山田が続ける。
僕のいない場所でそんなこと言ってくれていたんだ――。
桜塚と山田はリビングの食卓席に座った。
食事が並べられる。当たり前のように、山田がカメラをセットした。
「これも、撮るのか?」
「うん。だけど羽月が嫌なら公開しない」
僕が質問すると山田が答える前に永瀬が言った。ただでさえプライベートで食事の時にジロジロ見られると落ち着かない。
「食べるところまで不特定多数の人にみられるのは、嫌だ」
「そうだよね」
永瀬のチャンネルの配信動画では食べているシーンが多数あるから、永瀬の今の発言はただ僕に意見を合わせてくれた。だけど嫌だと伝えたから公開はしないだろう。僕はカメラのことは気にせずに永瀬が炒めた塩コショウで味付けした鶏肉を口にした。ただ焼いただけの鶏肉。僕もうちでよく作る。だけど、どうしてだろう。とても美味しく感じる。
それは、永瀬が焼いたからだろうか――。
*
永瀬と僕は黙って食べ、桜塚と山田はカメラを意識しながらずっと話をしていた。と、そんな感じでお昼ご飯の時間は終わった。
次はとうとう世間に流れる動画を撮る時間だ。撮影部屋に移動すると、顔が映るように僕たちの正面にカメラが置かれた。正面に置かれるとさっきの斜め後ろにカメラがあった時よりも緊張感が増す。
「四人バージョンの編集楽しみだな~」とまだ撮ってもいないのに山田が呟いた。
今から撮る動画は山田が後から編集するのは知っていた。直接聞いたわけではない。撮影裏話の動画で山田が一生懸命編集している様子がアップされていたのを観た。
白色のローテーブルに広げた布やビーズ。それらをじっと眺めていると僕の横に永瀬が座った。
僕は何をすればいいんだろう。
こないだ会議はしたけれど、結局話し合いらしいことはあんまりしていなかったな。
最後まで流れるままに、周りに全て任せよう。
僕は正座をし、背筋を伸ばしながら誰かが何かやるのを待機した。僕たちを囲むように桜塚たちも座ってきた。
左から山田、永瀬、僕、桜塚の順番に並んだ。
「オープニングどうする?」と桜塚が問うと
「好きなようにしていいよ」と永瀬が答える。
「まぁ、一応考えてきたんだけどな。今から伝授するから覚えてくれ」
あぁ、映るだけでも緊張するのに桜塚が言った話を覚えなければならないのか。
「じゃあ、まずは……」
間違えて迷惑はかけたくはないから真剣に話を聞いた。そしてついにカメラの録画ボタンが押されて撮影が始まってしまった。
「みなさん、こんにちは! 桜塚です」
「山田です」
「今回は、記念すべき二十回目の配信となります。そしてなんと、新しいレギュラーメンバーが!」
「今回だけじゃなくてレギュラーになってくれるのか?」
桜塚と山田が交互に話をしている。
「多分、なってくれるはず! それでは自己紹介をお願いします。まずは、北の大地の芸能活動で大活躍中の、かけるん!」
「大活躍中なのかな? 初めまして。かけるんこと、永瀬翔です。頑張りますのでよろしくお願いします」
アイドルの微笑みを見せる永瀬。
「そして、偶然生配信で映ったのと同時に話題になった、天使の」
桜塚は言いながら手をばばっとこっちに向けてくる。
「は、羽月優心です。よろしく、お願い、します……」
「ということで、今日の企画は手芸が得意な優心さまに手芸を教わりたいと思いまっす! 優心さま、今日は何を作るのでしょうか?」
「……」
無駄にテンションが高いな。あぁ、なんかこの感じ、苦手だなぁ……逃げたい。緊張は溶けて逆に冷めてしまう。
「羽月、カメラないと思って普段通りでいいから」と、無言になったせいで緊張しすぎていると思われたのか、永瀬が耳元で呟いた。
「……今日は、シュシュを作ります」
「誰かにプレゼント?」と山田が聞いてくる。
「僕の妹たちに……」
「いいね! 可愛い! 俺たちも優心さまの妹たちにプレゼントするシュシュ作ってみるか!」と桜塚はピンク色のギンガムチェックのはぎれ布を手に取る。
「羽月は、どの布がいい?」
「黄色い花柄がいい」
だって、風花が一番好きそうな柄だから。
永瀬が「やっぱりそうだよね」と僕の心を読んだように黄色い花柄模様の布を手に取り、僕に渡した。続けて永瀬は「俺はクマが好きだからこれかな」と白地にクマ模様の布を選んだ。山田は残りの水色の布だ。
「まずは、布を切ります」
棒読みなのを自覚しながら説明を始めた。そしてまず、自分の布をささっと長方形に切る。他の人たちも僕の真似をしてゆっくり切っていく。その間に自分のお裁縫道具の針と、それぞれの布にあった色の糸を配った。
全員が切ったのを確認する。
「次は、端と端を円になるように合わせて縫います」
桜塚は「何これ難しい」と言いながら雑に縫う。山田は「こういうの得意かも」と、凄く細かく丁寧に、でもよく見ると縫い方にムラがある。そして永瀬は無言で上手にバランスよく縫っていた。
「次は布をこうやって折って――」
なんか、この四人で手芸をやるとか、不思議だな。それぞれの性格が縫い方に現れていて面白いと思ってしまった。桜塚が途中で違うところを縫いだしてやり直しをし、ちょっとムッとしてしまっていたけれど、作業は順調に進んでいった。
ラストは買った白のパールビーズや白い花の大きめなビーズ、家から持ってきた飾りを自由に縫いつけた。それぞれ、無事にシュシュは完成した。
撮影が終わり、桜塚と山田が機材を片付けている。そして撮影部屋から出ていった。
テーブルに並べられたシュシュで髪の毛をまとめている風花たちの姿を想像した。
風花と柚花がすごく喜びそうだな――。
僕の横に座っていた永瀬が、僕が作った花柄のシュシュを手に持ち、じっと眺める。そして腕にはめた。
「腕、きつくないの?というか、ゴムが無駄に伸びる」
「あっ、ごめん。腕につけてる子もたまにいるなぁと思って……」と慌てて永瀬はシュシュを腕から外した。そして「ブレスレット、いいな……」と微妙に聞こえるぐらいの声で永瀬は呟いた。
僕は永瀬が作ったクマのシュシュを手に取り、細かく観察した。
「永瀬は、よく手芸するの?」
「いや、しないけど」
「しないのに作るの上手いな」とぽつり呟くと、永瀬はいつもの余裕ある笑みを浮かべた。
「羽月の説明が分かりやすかったからな。ていうか、羽月にお願いがあるんだけど」
「何? 手芸関係のこと?」
「いや……」
珍しくモジモジしている。
「なんだよ、気になるから早く言えよ」
「うん。あの、羽月のことを優心って呼んでいい?」
突然の予想外のお願いに驚いた。
「急に、どうした?」
「いや、動画配信の時にその方が視聴者さんたち、色んな妄想ができて喜ぶと思うからさ」
色々な妄想ってなんだろうか。
というか、なんだ。視聴者のためにか。と、なぜかがっかりしてしまう。どんな理由だったらがっかりしなかったんだろう自分。
「まあ……いいけど」と、声を低めにして答える。
「優心」と、永瀬が顔を近づけてきた。
「な、なんだよ」
心臓の音が速く鳴るのを感じるから、それを意識しないようにした。
「優心、これからも手芸色々教えてほしい。あと、一緒に動画配信続けようね」と永瀬が言う。いつものように柔らかい声だったけれども何かが違う。真剣さが混じっていたような。だけど――
初めての動画撮影は結局、楽しかったけれど疲れの方が割合が多かった。
「もう、やらないかな。配信は桜塚たちとやればいいじゃん」
やらないと断言してしまった。何故か後悔がじわりじわりとにじみでてくる。いや、なんで後悔してるんだよ。と、自分自身に問いかけた。
「優心と一緒がいい」と永瀬は言い、僕の目をじっと見つめてきた。いつもは余裕たっぷりそうな永瀬の瞳に、緊張のようなものが垣間見えた気がした。
ずっと見つめ合っていると全身が石のように固まりそうになってきたから「次は……気が向いたら参加しようかな」とシュシュの縫い目を見ているふりをしながらごまかした。
「優心は、撮影嫌だった?」
「いや、そんなはっきりと嫌だったわけではないけれど、テンションが高くて疲れた」
「そっか……」
だけど、隣で永瀬が一緒に同じ作業をしていて、胸の奥で何か温かいものが広がっていくのも感じていた。なんか悔しいから永瀬には絶対に秘密だけども。
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撮影してから約一週間後、動画は公開された。教室で休み時間に集まり、山田のスマホで鑑賞する。
ほとんどが永瀬に対してのコメントだけど、僕に対してのコメントも結構書いてあった。
『純白な優心さま、存在だけで安らぐ』
『優心くんは目の保養』
『天使、再び降臨』
実際の僕は、視聴者が思い描く天使のようなイメージからは遠い。どっちかと言うと毒々しい。
「ふたりがいるとユーザーの反応違いすぎて楽しいな」と、桜塚は満足そうな笑みを見せた。
以前桜塚たちの動画を覗いた時にはコメントは見当たらなかった。今は余裕で百を超えているコメント数。そしてチャンネル登録数とアクセス数もどんどん覗くたびに増えていった。そして僕が永瀬と共演したことに、妹の風花と柚花、姉の沙菜までもが喜んでいた。
その後も結局上手い言葉に丸め込まれ、三人と動画配信を続けた。映ることやテンションの高さにも慣れ、桜塚のテンションを上手くかわす技術も身につけた。鬼ごっこの対戦ゲームをする企画の時も参加させられた。すぐに負ける僕は悔しい気持ちを抱えながら途中にも関わらず離脱した。そして僕の避難場所として常に設置してある撮影部屋の手芸コーナーへ行き、ほぼ画面に映るだけの日もあった。なぜかその光景にハマる人たちもいて、意味不明だがコメントで感謝されたりもした。
最初は風花のためだけに参加していたはずだったのにな……いつの間にか撮影の時間が楽しみになっていた。
特に、永瀬と一緒に手芸をしてることが僕の中で特別なものになっていった。そんな中、撮影の合間にこっそり永瀬が提案してきた。
「なあ、優心。桜塚たちには内緒で、ふたりだけで手芸配信してみない?」と。
「ふたりだけで? なんで?」
「なんか、優心とふたりだけで何か作るの楽しそうだから。ほら、桜塚たちはいつも騒がしいし……ふたりだと落ち着いて手芸ができるのかなって」
永瀬はふふっと爽やかに笑いながら言う。その笑顔から逃れられなくなり「分かった」と、操られたように頷いてしまった。
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