写真集イベントの次の日の昼休み。永瀬が桜塚たちに配信のことを伝えたらしく、三人が僕の席に集まってきた。
「ふたりも加わってくれるなんて、感極まる」
「ふたりがいれば、余裕でチャンネル登録一万人行くよな。よし、今日は放課後永瀬んちで会議だ!」
山田と桜塚がそれぞれ言う。
やっぱり面倒くさい。今更だけど断ろうかな。
「やっぱり僕……」
「風花ちゃん、きっとすごく楽しみにしているよね」
僕の言葉にかぶさってくるように永瀬は言った。なんか、風花が人質にとられている気分だ。そんな言葉を聞くとこれ以上何も言えないじゃないか。
そして放課後再び永瀬の家へ行くことになった。
*
永瀬の部屋に着く。全て来たくて来たわけではないが、今回で三回目だ。もう家に入るのは慣れてしまった。
ふと棚にあるままの僕のビーズに目をやる。まだ飾ったままだ。なんだかんだで結局話が逸れていき、返してもらえなかった。返せと言った時の風景を思い出す。
『光に当てると透き通って、羽月みたいに綺麗な色だったから……』
「僕が綺麗な色だって?」
「……どうした羽月」
しかめっ面だと思われる僕の顔を見て、永瀬がふふっと微笑んできた。
「いや、なんでもない。このビーズ、くれてやるよ」
「いいのか? ありがとうな。じゃあ、お礼に」と、寝室から何かを持って戻ってきた。
「これは、なんだ?」
「俺のサイン付きポスターだ。あげるよ」
青空を背景に真っ白い衣装を着て爽やかにアイドルスマイルしている永瀬が映っていた。
「いや、いらない」
「いらなかったら風花ちゃんにあげて?」
断ろうと思ったけれど、やっぱり風花の名前が出てきたら断る訳にはいかない。
「あ、ありがとう」
受け取るのは気が進まないが、受けとった。そして大きいそのポスターをくるくると筒状にした。
「おい、会議始めるぞ!」
桜塚の声を合図に、桜塚たちが撮影場所として使っていると思われる部屋に移動した。会議なんて……何を会議するんだろうか。面倒くさいから、必要最低限のことだけ言葉にして、すんっとしていよう。
全員、部屋の床に座る。
「永瀬、四人で何をする?」と、桜塚が尋ねた。
「俺に聞くのか。お前らは何かやりたいことないの?」
「永瀬は、ただ画面の中にいるだけでアクセスが勝手に伸びていくからなぁ」と、永瀬の質問に答えながらメガネを拭く山田。
「じゃあ、羽月と俺はとりあえず画面にいるだけでいいか?」
「いや、それは何か違う。優心さまはやりたいことないのか?」
「僕は……今は、妹たちのシュシュを作りたい」
桜塚の問いかけに対して、正直に答えた。
「そういうことではなくて、動画でやることを……」
「いいな、それ。手芸をやればいい」
桜塚が否定しようとしていた時、永瀬がひかえめではあるものの明るめな声でそう言った。
手芸やるんだったら、普段と変わらないじゃん。
「それなら……いいかも」と僕が頷くと話が勝手に進み、四人でやる第一回記念配信は全員で僕の妹に何かを作ることになった。と言うことは、永瀬もか? 「かけるんの手作り!」と喜ぶ妹たちの顔が頭に浮かんでくる。あぁ、浮かんでくるけれど永瀬が作ったもので喜ぶなんて。と、妬ける。
「とりあえず、週末全員暇か?」と桜塚が聞くと、永瀬は夕方から撮影があるらしく、それまでの時間までなら集まれることになった。
そして週末、ここで撮影することが正式に決定された。
「優心さま、連絡先教えて?」
「うん、分かった」
しぶしぶ桜塚と山田と連絡先を交換していると「俺も」と、永瀬のスマホが僕のスマホの横にぬんと現れた。
「う、うん。分かった」
「なんで俺にだけこんなに声が低いの?」と言いながら永瀬はふふっと笑う。
僕は無視して連絡先を交換しあった。
自分が出ると決まったから、家で桜塚たちの動画を一応確認した。適当にいくつかスマホで動画を流した後、永瀬がひとりでアップしてる動画も観た。
『今日は、自転車で散歩をします』
選んだのは、ひとりでサイクリングコースを自転車で走り、途中カフェで休憩しながら、芸能についてのんびり話している動画。実は永瀬の方の動画を観るのは初めてではない。妹たちがリビングのテレビで動画をしつこいくらいに観ているからだ。嫌でもテレビの中の永瀬が目に入ってしまう。
桜塚と山田もカッコイイランクは上の方だと思う。だけど正直、本人には絶対に伝えられないが、永瀬は比べ物にならないほどカッコイイと思う。
絶対、本当に本人には伝えられないが。
悔しいし――。
*
そして撮影をする日曜日。朝からなぜか永瀬とふたりきりでショッピングモールの中にいる。なぜこんなふうになったのかと言うと、朝の六時、まだ僕が寝ていた時間に誘いの連絡が来たからだ。一瞬スマホのピロン音で目覚めたけれど二度寝して九時に再び起きてから確認した。まだ眠たいのはちょうど永瀬が新作の徒歩散歩動画をアップしていて、夜中に観て眠る時間が遅くなってしまったからだ。
『今日の昼ご飯の材料と、あと手芸の材料選んでほしいんだけど付き合ってくれるかな? 荷物が多くて抱えきれなくて……』
『いやだ』と返事をしたかったが、手芸の材料も買うのか……仕方ないので付き合ってあげることにした。荷物が多くてと言っていたが、永瀬の兄が運転する車で僕の家前まで迎えに来た。兄に荷物持ち手伝ってもらえばいいのにと思いながら乗車した。
そして今は食品売り場にいる。そしてちょっとイライラしていた。
「どうして半額の肉を選ばないんだよ」
「いや、別に値段にこだわらないし」
「七百二十円の半分は三百六十円だぞ。その分、別の物を買える!」
「うん、分かる」
「分かってない!」
僕は声を荒らげてしまい、他の客からの注目を浴びてしまった。
「俺が全部買って料理もするから、今日は任せて。そして余ったのは持って帰って、妹たちにあげて」
その言葉に僕はすんと黙った。何でもかんでも風花たちと結びつけようとして。風花に関わると全て納得してしまう自分もどうかしている。
普段うちでは滅多に買わない高級な食材、お菓子。金銭感覚が僕とは違う永瀬は、値段を見ずにどんどんカートのカゴに入れていく。僕は横目で暗算しながら眺めていた。
「よし、こんなところか」
「永瀬は、計算しながらカゴに入れてるの?」
「軽く。あんまり値段は気にしないかな」
「うわっ、お金持ちの発言……」
つい言葉に出してしまった。
「うわって、ひどいな」と言いながら永瀬は笑う。
「……永瀬は怒ったりしないの?」
「突然どうしてそんな質問するの?」と、牛乳をカゴに入れた永瀬の動きが止まる。
「いや、僕、いつも嫌な言葉ばかり永瀬に言ってるのに。今もこうやって……でも笑ってるからさ」
「怒って、嫌われるのが怖いから。だから怒らないよ」
再び永瀬は笑った。それからレジに向かった。
絶対永瀬には闇のような裏があると思っていたが、想像とは正反対の裏だった。
――嫌われるのが怖い。
永瀬の言葉が頭から消えなくなる。
それは僕に対してだけなのか、世間に対してなのか。今までひどいことをどれだけ言ってしまった? 本当は怒りたかったのか?
お会計を終え、袋に商品を詰めている永瀬を見つめながら考える。
「次は、手芸のところに行こうか。カートに荷物乗せたままで大丈夫かな」
そう言いながら永瀬が進み出したから、慌てて追いかけた。途中で〝ポイント本日五倍〟の文字が目に入る。
「そういえばカードのこと忘れてた。お会計の時、ポイントカード出したか?」
「いや、そういうの興味ないから作ってない」
「いや、勿体なさすぎる。一万ぐらい買ってたけどポイント五倍だったら二百円で五ポイントだから……」
永瀬が微笑みながらこっちを向いていて、その顔を見て言葉を途中で止めた。
「……ご、ごめん」
「なんで羽月が謝るの?」
「いや……僕、本当に口悪すぎるなって思って」
「謝らなくていいよ」
そしていつものように余裕があるような顔を見せてくる。
――笑顔の裏では今、どんなことを考えているのだろうか。
再びさっきの嫌われるのが怖いという言葉がぐわんぐわん頭の中に浮かんできた。永瀬は、いつ表情を崩すのだろう。演技以外での怒った顔、泣いた顔……全て見てみたいなとふと思う。永瀬が崩れた瞬間を直接見てみたい。
エレベーターに乗り、二階へ着くと手芸用品売り場に着いた。
「ここは、羽月の後ろについていくから」
「うん、分かった。というか、もしかして全員分を今買うの?」
「そうだよ」
「各自で準備なわけじゃないんだ」
「お金は後で回収するから。レシート取っておいてね」
撮影で風花たちのシュシュを一緒に作ると言っていた。
「うちの物になるのに、お金出してくれるんだ?」
「うん。だから羽月の妹たちが好きそうな柄を選んじゃって?」
「分かった」
早速生地コーナーをさまよう。
「風花ちゃんは黄色が好きな感じなのかな?」
「どうして分かった?」
「いや、こないだの写真集販売会で黄色いひまわりのワンピース着ていたから」
「よく覚えていたな?」
あの日の風花はお気に入りのワンピースを選んでいた。服装まで覚えていたなんて知ったら嬉しいだろうな。
「羽月は黒ずくめの格好をしていたな」
「いや、僕のは別に覚えていなくてもいい」
あらためて思い出されると少し恥ずかしい。正体バレないようにと考え決めた格好。なのに会場ですでにバレていたのだから。
小さく展開されているこの店のハギレコーナーには可愛くてシュシュを作るのにちょうど良い大きさの布が数多くある。掘り出し物はないかとひとつひとつ確認していく。
「全員、手縫いだよな?」
「だと思ってたけど、他に何かある?」
僕が質問すると、逆質問が飛んできた。
「うちにあるミシンだったら楽かなって思って」
「それじゃあ、映像ばえしないかも……」
「あぁ、そっか。ただ好きな手芸をやるわけじゃなかったんだった」
「巻き込まれたって思ってる?」
「何が?」
「動画配信のこと」
いきなり深刻そうな表情に変わる永瀬。
「うん……思ってる、かも?」
「辞めたくなったら、次からは出なくて良いから」
「うん、分かった。今のところ、まだ配信は一度もしていないけれどシュシュを作ったら終わりかな?」
永瀬が一瞬、微妙に寂しそうな顔をした気がした。
無地の水色、黄色い花柄、白い生地にクマの模様、ピンクのギンガムチェック。会話をしながら良さそうな柄を4種類手に取った。白のパールのビーズや白い花の大きめなビーズ、シュシュの中に入れるゴムも。
「羽月、糸は?」
「いつも持ち歩いてるやつあるから、それ使う」
「いつも持ち歩いているんだ? 今度何かほつれたらお直しよろしくね」
「う、うん……」
永瀬の何かがほつれて、それを縫ってる自分の姿は全く想像できないな。
レジに行く。財布からこのお店のポイントカードを出すと「羽月、カード持ってたんだ」と永瀬が反応してきた。
「もちろん、持ってる」
「俺も、今度作ってみようかな」
「別に無理して話を合わせなくてもいいぞ」
「いや、なんかお揃いな感じがいいなと思って」
「はっ? ポイントカードで?」
少しだけ、永瀬のことを可愛いと思ってしまった。だけどその考えはすぐに消去した。
買い物が終わると永瀬の兄の車へ。ちょっとした用事を済まし、それからずっと駐車場で待っていてくれたらしい。車に荷物を乗せると発車した。
「いつもより、買うもの多すぎない?」
「うん、今日はお客さんがいるから……」
前の席の会話をひっそりと聞いていた。
僕の立場は、お客さんか――
桜塚と山田は永瀬と小学生時代からの友達らしい。多分、桜塚たちは何度も永瀬が作ったご飯を食べてるんだろうな。そして僕よりも明らかにふたりは永瀬と親しい存在で。なんだろうこのモヤモヤした気持ち。
僕は窓から曇り空の街の風景を眺めていた。
あっという間に永瀬の家に着いた。
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「ふたりも加わってくれるなんて、感極まる」
「ふたりがいれば、余裕でチャンネル登録一万人行くよな。よし、今日は放課後永瀬んちで会議だ!」
山田と桜塚がそれぞれ言う。
やっぱり面倒くさい。今更だけど断ろうかな。
「やっぱり僕……」
「風花ちゃん、きっとすごく楽しみにしているよね」
僕の言葉にかぶさってくるように永瀬は言った。なんか、風花が人質にとられている気分だ。そんな言葉を聞くとこれ以上何も言えないじゃないか。
そして放課後再び永瀬の家へ行くことになった。
*
永瀬の部屋に着く。全て来たくて来たわけではないが、今回で三回目だ。もう家に入るのは慣れてしまった。
ふと棚にあるままの僕のビーズに目をやる。まだ飾ったままだ。なんだかんだで結局話が逸れていき、返してもらえなかった。返せと言った時の風景を思い出す。
『光に当てると透き通って、羽月みたいに綺麗な色だったから……』
「僕が綺麗な色だって?」
「……どうした羽月」
しかめっ面だと思われる僕の顔を見て、永瀬がふふっと微笑んできた。
「いや、なんでもない。このビーズ、くれてやるよ」
「いいのか? ありがとうな。じゃあ、お礼に」と、寝室から何かを持って戻ってきた。
「これは、なんだ?」
「俺のサイン付きポスターだ。あげるよ」
青空を背景に真っ白い衣装を着て爽やかにアイドルスマイルしている永瀬が映っていた。
「いや、いらない」
「いらなかったら風花ちゃんにあげて?」
断ろうと思ったけれど、やっぱり風花の名前が出てきたら断る訳にはいかない。
「あ、ありがとう」
受け取るのは気が進まないが、受けとった。そして大きいそのポスターをくるくると筒状にした。
「おい、会議始めるぞ!」
桜塚の声を合図に、桜塚たちが撮影場所として使っていると思われる部屋に移動した。会議なんて……何を会議するんだろうか。面倒くさいから、必要最低限のことだけ言葉にして、すんっとしていよう。
全員、部屋の床に座る。
「永瀬、四人で何をする?」と、桜塚が尋ねた。
「俺に聞くのか。お前らは何かやりたいことないの?」
「永瀬は、ただ画面の中にいるだけでアクセスが勝手に伸びていくからなぁ」と、永瀬の質問に答えながらメガネを拭く山田。
「じゃあ、羽月と俺はとりあえず画面にいるだけでいいか?」
「いや、それは何か違う。優心さまはやりたいことないのか?」
「僕は……今は、妹たちのシュシュを作りたい」
桜塚の問いかけに対して、正直に答えた。
「そういうことではなくて、動画でやることを……」
「いいな、それ。手芸をやればいい」
桜塚が否定しようとしていた時、永瀬がひかえめではあるものの明るめな声でそう言った。
手芸やるんだったら、普段と変わらないじゃん。
「それなら……いいかも」と僕が頷くと話が勝手に進み、四人でやる第一回記念配信は全員で僕の妹に何かを作ることになった。と言うことは、永瀬もか? 「かけるんの手作り!」と喜ぶ妹たちの顔が頭に浮かんでくる。あぁ、浮かんでくるけれど永瀬が作ったもので喜ぶなんて。と、妬ける。
「とりあえず、週末全員暇か?」と桜塚が聞くと、永瀬は夕方から撮影があるらしく、それまでの時間までなら集まれることになった。
そして週末、ここで撮影することが正式に決定された。
「優心さま、連絡先教えて?」
「うん、分かった」
しぶしぶ桜塚と山田と連絡先を交換していると「俺も」と、永瀬のスマホが僕のスマホの横にぬんと現れた。
「う、うん。分かった」
「なんで俺にだけこんなに声が低いの?」と言いながら永瀬はふふっと笑う。
僕は無視して連絡先を交換しあった。
自分が出ると決まったから、家で桜塚たちの動画を一応確認した。適当にいくつかスマホで動画を流した後、永瀬がひとりでアップしてる動画も観た。
『今日は、自転車で散歩をします』
選んだのは、ひとりでサイクリングコースを自転車で走り、途中カフェで休憩しながら、芸能についてのんびり話している動画。実は永瀬の方の動画を観るのは初めてではない。妹たちがリビングのテレビで動画をしつこいくらいに観ているからだ。嫌でもテレビの中の永瀬が目に入ってしまう。
桜塚と山田もカッコイイランクは上の方だと思う。だけど正直、本人には絶対に伝えられないが、永瀬は比べ物にならないほどカッコイイと思う。
絶対、本当に本人には伝えられないが。
悔しいし――。
*
そして撮影をする日曜日。朝からなぜか永瀬とふたりきりでショッピングモールの中にいる。なぜこんなふうになったのかと言うと、朝の六時、まだ僕が寝ていた時間に誘いの連絡が来たからだ。一瞬スマホのピロン音で目覚めたけれど二度寝して九時に再び起きてから確認した。まだ眠たいのはちょうど永瀬が新作の徒歩散歩動画をアップしていて、夜中に観て眠る時間が遅くなってしまったからだ。
『今日の昼ご飯の材料と、あと手芸の材料選んでほしいんだけど付き合ってくれるかな? 荷物が多くて抱えきれなくて……』
『いやだ』と返事をしたかったが、手芸の材料も買うのか……仕方ないので付き合ってあげることにした。荷物が多くてと言っていたが、永瀬の兄が運転する車で僕の家前まで迎えに来た。兄に荷物持ち手伝ってもらえばいいのにと思いながら乗車した。
そして今は食品売り場にいる。そしてちょっとイライラしていた。
「どうして半額の肉を選ばないんだよ」
「いや、別に値段にこだわらないし」
「七百二十円の半分は三百六十円だぞ。その分、別の物を買える!」
「うん、分かる」
「分かってない!」
僕は声を荒らげてしまい、他の客からの注目を浴びてしまった。
「俺が全部買って料理もするから、今日は任せて。そして余ったのは持って帰って、妹たちにあげて」
その言葉に僕はすんと黙った。何でもかんでも風花たちと結びつけようとして。風花に関わると全て納得してしまう自分もどうかしている。
普段うちでは滅多に買わない高級な食材、お菓子。金銭感覚が僕とは違う永瀬は、値段を見ずにどんどんカートのカゴに入れていく。僕は横目で暗算しながら眺めていた。
「よし、こんなところか」
「永瀬は、計算しながらカゴに入れてるの?」
「軽く。あんまり値段は気にしないかな」
「うわっ、お金持ちの発言……」
つい言葉に出してしまった。
「うわって、ひどいな」と言いながら永瀬は笑う。
「……永瀬は怒ったりしないの?」
「突然どうしてそんな質問するの?」と、牛乳をカゴに入れた永瀬の動きが止まる。
「いや、僕、いつも嫌な言葉ばかり永瀬に言ってるのに。今もこうやって……でも笑ってるからさ」
「怒って、嫌われるのが怖いから。だから怒らないよ」
再び永瀬は笑った。それからレジに向かった。
絶対永瀬には闇のような裏があると思っていたが、想像とは正反対の裏だった。
――嫌われるのが怖い。
永瀬の言葉が頭から消えなくなる。
それは僕に対してだけなのか、世間に対してなのか。今までひどいことをどれだけ言ってしまった? 本当は怒りたかったのか?
お会計を終え、袋に商品を詰めている永瀬を見つめながら考える。
「次は、手芸のところに行こうか。カートに荷物乗せたままで大丈夫かな」
そう言いながら永瀬が進み出したから、慌てて追いかけた。途中で〝ポイント本日五倍〟の文字が目に入る。
「そういえばカードのこと忘れてた。お会計の時、ポイントカード出したか?」
「いや、そういうの興味ないから作ってない」
「いや、勿体なさすぎる。一万ぐらい買ってたけどポイント五倍だったら二百円で五ポイントだから……」
永瀬が微笑みながらこっちを向いていて、その顔を見て言葉を途中で止めた。
「……ご、ごめん」
「なんで羽月が謝るの?」
「いや……僕、本当に口悪すぎるなって思って」
「謝らなくていいよ」
そしていつものように余裕があるような顔を見せてくる。
――笑顔の裏では今、どんなことを考えているのだろうか。
再びさっきの嫌われるのが怖いという言葉がぐわんぐわん頭の中に浮かんできた。永瀬は、いつ表情を崩すのだろう。演技以外での怒った顔、泣いた顔……全て見てみたいなとふと思う。永瀬が崩れた瞬間を直接見てみたい。
エレベーターに乗り、二階へ着くと手芸用品売り場に着いた。
「ここは、羽月の後ろについていくから」
「うん、分かった。というか、もしかして全員分を今買うの?」
「そうだよ」
「各自で準備なわけじゃないんだ」
「お金は後で回収するから。レシート取っておいてね」
撮影で風花たちのシュシュを一緒に作ると言っていた。
「うちの物になるのに、お金出してくれるんだ?」
「うん。だから羽月の妹たちが好きそうな柄を選んじゃって?」
「分かった」
早速生地コーナーをさまよう。
「風花ちゃんは黄色が好きな感じなのかな?」
「どうして分かった?」
「いや、こないだの写真集販売会で黄色いひまわりのワンピース着ていたから」
「よく覚えていたな?」
あの日の風花はお気に入りのワンピースを選んでいた。服装まで覚えていたなんて知ったら嬉しいだろうな。
「羽月は黒ずくめの格好をしていたな」
「いや、僕のは別に覚えていなくてもいい」
あらためて思い出されると少し恥ずかしい。正体バレないようにと考え決めた格好。なのに会場ですでにバレていたのだから。
小さく展開されているこの店のハギレコーナーには可愛くてシュシュを作るのにちょうど良い大きさの布が数多くある。掘り出し物はないかとひとつひとつ確認していく。
「全員、手縫いだよな?」
「だと思ってたけど、他に何かある?」
僕が質問すると、逆質問が飛んできた。
「うちにあるミシンだったら楽かなって思って」
「それじゃあ、映像ばえしないかも……」
「あぁ、そっか。ただ好きな手芸をやるわけじゃなかったんだった」
「巻き込まれたって思ってる?」
「何が?」
「動画配信のこと」
いきなり深刻そうな表情に変わる永瀬。
「うん……思ってる、かも?」
「辞めたくなったら、次からは出なくて良いから」
「うん、分かった。今のところ、まだ配信は一度もしていないけれどシュシュを作ったら終わりかな?」
永瀬が一瞬、微妙に寂しそうな顔をした気がした。
無地の水色、黄色い花柄、白い生地にクマの模様、ピンクのギンガムチェック。会話をしながら良さそうな柄を4種類手に取った。白のパールのビーズや白い花の大きめなビーズ、シュシュの中に入れるゴムも。
「羽月、糸は?」
「いつも持ち歩いてるやつあるから、それ使う」
「いつも持ち歩いているんだ? 今度何かほつれたらお直しよろしくね」
「う、うん……」
永瀬の何かがほつれて、それを縫ってる自分の姿は全く想像できないな。
レジに行く。財布からこのお店のポイントカードを出すと「羽月、カード持ってたんだ」と永瀬が反応してきた。
「もちろん、持ってる」
「俺も、今度作ってみようかな」
「別に無理して話を合わせなくてもいいぞ」
「いや、なんかお揃いな感じがいいなと思って」
「はっ? ポイントカードで?」
少しだけ、永瀬のことを可愛いと思ってしまった。だけどその考えはすぐに消去した。
買い物が終わると永瀬の兄の車へ。ちょっとした用事を済まし、それからずっと駐車場で待っていてくれたらしい。車に荷物を乗せると発車した。
「いつもより、買うもの多すぎない?」
「うん、今日はお客さんがいるから……」
前の席の会話をひっそりと聞いていた。
僕の立場は、お客さんか――
桜塚と山田は永瀬と小学生時代からの友達らしい。多分、桜塚たちは何度も永瀬が作ったご飯を食べてるんだろうな。そして僕よりも明らかにふたりは永瀬と親しい存在で。なんだろうこのモヤモヤした気持ち。
僕は窓から曇り空の街の風景を眺めていた。
あっという間に永瀬の家に着いた。
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