「どうしたの?こんな夜に、そんな恰好をしているなんて? 婚礼は明日よ?」

私は驚きと少しの笑みを混ぜてそう問いかけた。だが、景文は真面目な顔のまま、部屋の中にそっと入り、扉を閉めた。

「そうだな。だが、その前に、どうしても言っておきたいことがある。」

その真剣な声に、胸が少しだけ高鳴る。

……まさか、「俺に付いて来い」的な?

文部大臣だったくせに、実は将軍気質なの?

「まさか、今から城を出て、新天地に二人で――とか言うつもりじゃないでしょうね?」

思わずからかうようにそう言うと、景文はクスッと笑った。

「いや、それは婚礼の後だ。」

「冗談よ、冗談。」

私は小さく肩をすくめる。けれど景文は、すっと私の前に膝をついた。

「翠蘭。」

その声に、ふざける気持ちはすっと引いていった。

「俺は、これまで色んなものを諦めて生きてきた。母のこと、名も、地位も……。けれど、そなたのことだけは――どうしても、手放したくなかった。」