「翠蘭。……下がれ。」

彼の背中が、大きく見えた。

私のために、命をかけようとする背中だった。

「……翠蘭、と呼んだな。」

皇帝陛下の声が、凍りつくような空気を運ぶ。

その金の瞳が、景文の背を鋭く貫いた。

「朕の妃を――名で呼ぶとは。」

皇帝は、ゆっくりと景文の前に歩み寄る。

その気配に、周囲の家臣も誰一人として口を開けなかった。

「抱いたのか? 皇帝の妃を。」

私が思わず身を乗り出すと、景文が片手を差し出して止めた。

そして、静かに答える。

「―――はい。この手で、奪いました。」

その瞬間だった。

「っ……!」

皇帝は腰の剣の鞘を抜くと、そのまま景文の脇腹を横から打ちつけた。

「景文っ!!」

私は叫んだ。だが、景文は倒れ込みながらも、顔を上げた。

唇から血が滲み、だが目は真っすぐ皇帝を見据えている。

「おまえは――朕の国の中で、最も優秀な文部大臣だと聞く。」

皇帝の声は怒気を含みながらも、どこか静かだった。