薄暗い廃工場の奥、無数のケーブルと光の柱が交錯する空間に足を踏み入れた瞬間、美佳の胸は激しく脈打った。

 空気は冷たいのに、どこか懐かしい匂いがした。古い紙と薬品のような、藍都学苑の理科室を思わせる香り。
 ──いや、そんなはずはない。ここは学園ではなく、LAPISの中枢なのだ。

 突然、頭上のモニター群が一斉に明滅し、低い電子音が響く。光が集まり、やがて人の形を描き出した。

「……っ!」

 美佳は息を呑んだ。

 そこに現れたのは、白衣を纏った若い女性。肩までの髪がふわりと揺れ、瞳は淡い琥珀色に輝いている。
 あの声──夢で聞いた声、電話越しに聞いた声、そしてホログラムの残像で幾度も耳にした声が、確かに響いた。

> 「ようやく、会えたね……三枝美佳さん」



 全員が息をのむ。純は無意識に一歩前に出て、美佳の肩を庇うように立った。

「お前は……誰だ?」

> 「私は御堂ミオ。かつて、LAPISを設計した者のひとり。そして今は……このシステムの“残響”」



 ミオは微笑んだ。けれど、その笑みはどこか儚く、触れればすぐに崩れてしまいそうだった。

 彩音が思わず問いかける。
「じゃあ……今まで私たちに見せていた影も、声も……全部、あなたが?」

> 「ええ。私は長い間、誰かがここに辿り着くのを待っていた。
人がLAPISをどう扱うのか……その“答え”を、託すために」



 美佳の心臓が強く跳ねた。
 やはり──ずっと導いていたのは、この人だった。

「どうして、私に……?」

 問いかける美佳に、ミオは静かに首を振った。

> 「あなたに、ではない。
選ぶのは“あなたたち”。──未来をどうするかを決めるのは、ここにいる全員」



 彼女の言葉に、場の空気が一気に張り詰める。純は拳を握りしめ、翔は鋭い目でミオを観察し、玲とユリも緊張を隠せない。

 やがて、ミオは光の中で小さく手を伸ばした。その手が触れようとしたのは、美佳の胸ポケット──そこに忍ばせている「鍵」だった。

> 「その鍵は、私が遺した最後のプロトコル。
破壊か、共存か……すべての選択を起動するもの」



 美佳は思わず鍵を握りしめた。手のひらに冷たい金属の感触が伝わる。
 ──選ぶのは私たち。

 視線を上げると、ミオの瞳がまっすぐにこちらを見ていた。
 その瞳は、人間のものと何ひとつ変わらない温度を宿していた。