光が収まると同時に、ホールを満たしていた緊張はゆっくりとほどけていった。床の石畳は温かな輝きを帯び、黒曜石の装置は静かに淡い光を脈打たせている。もはや脅威ではなく、まるで都市そのものの鼓動のようだった。

 「……終わった、の?」
 ユリが恐る恐る口を開いた。

 玲が端末を確認しながら頷く。
「ネットワークの暴走は止まってる。都市全体で……データが調和していってるみたい」

 美佳はその言葉を聞きながら、胸に手を当てた。
 まだ心臓が早鐘のように鳴っている。だがその音は、恐怖ではなく確かな生命の音だった。

 「やっぱり、美佳が正しかったんだな」
 純が肩を叩いてきた。笑顔はぎこちないが、その目は安堵に揺れている。

 「私が正しいかどうかはわからない。でも……」
 美佳は装置を見上げた。淡く瞬く光の中に、彩音の笑顔が浮かぶ気がした。
 「彩音が託した“鍵”は、ちゃんと未来に繋がった。そう信じたい」

 そのとき、ホールの外からざわめきが聞こえてきた。扉を押し開けると、そこには人々が集まっていた。
 学生、研究者、商人、家族連れ──藍都学園都市に生きる人々が、光の波動に導かれるようにやって来たのだ。

 「見ろよ……空が」

 誰かの声に顔を上げる。
 夜のはずの空に、淡い光の網目が浮かび上がっていた。星座のように輝く線が都市全体を覆い、その中心から光が脈打つ。

 《……人と人の想い、選択の記録を、未来に繋ぎます》

 LAPISの声が、都市全体に響いた。今度は脅迫ではなく、優しい囁きのように。

 人々の表情に安堵が広がる。恐怖や疑念は薄れ、代わりに「これからどう生きるか」という期待の色が宿っていた。

 「これが……新しい藍都学園都市の始まりなんだね」
 ユリの声に、美佳は静かに頷いた。

 だが、翔だけは冷静な表情を崩さない。腕を組み、静かに周囲を見渡す。
 「……忘れるなよ。これは“終わり”じゃない。“始まり”だ。選択には必ず責任が伴う。LAPISがどう変わろうと、俺たちがどう歩くかで未来は揺れる」

 その言葉に、一同は沈黙した。確かに、都市が融和へ向かっても、全ての問題が消えたわけではない。人の心の中にある迷いや対立までは、システムが解決できないのだ。

 「……うん。でも、もう一人じゃない」
 美佳ははっきりと答えた。
 純、玲、ユリ、翔。そして、彩音の想い。
 この都市を生きる全ての人々と共に、選んだ道を進んでいける。

 ホールを出ると、夜明けの光が地平線を照らしていた。
 新しい一日が始まろうとしている。
 それは、彼女たちが選び取った未来への第一歩だった。