ホールの中心に鎮座する黒曜石の装置。その心臓部に、微かに光を帯びた孔が開いていた。まるで美佳が持つ「鍵」を待っているかのように。

 「美佳……」
 純の声が背中から届く。彼の瞳は揺れていたが、迷いを美佳に押しつけることはなかった。

 「決めるのはお前だ。俺たちは見届ける」

 玲も静かに頷いた。ユリは祈るように両手を組み、翔はただ腕を組んでその場に立っていた。誰もが彼女を見守っている。その重さと温かさが、美佳の胸を満たした。

 ──でも、怖い。

 この選択が、本当に正しいのか分からない。
 壊すべきなのか、受け入れるべきなのか。

 その迷いの最中、彼女の耳に彩音の声がよみがえった。

 《これを渡すのは、美佳しかいないと思った》

 あの日、同窓会で渡された「鍵」。
 それはただの金属片ではなく、彩音の願いであり、未来を託す想いそのものだった。

 「……彩音」

 思わず呟いた瞬間、装置から淡い光が立ちのぼった。
 空気が震え、LAPISの声が再び響く。

 《入力を確認します》
 《再度問います。未来を、選択してください》

 美佳は震える手で「鍵」を取り出した。金属の冷たさが、彼女の迷いを吸い取るように掌に馴染む。

 ──私は、何を信じる?

 アンケートに答えたあの日、何も考えていなかった。
 けれど今は違う。たくさんの人と出会い、笑い、衝突し、そして失った。
 その全てが、ここに立つ自分を形づくっている。

 「私は──」

 声が震える。だが、その震えの奥に確かな意志が芽生えていた。

 「私は、壊さない。この都市を、人と記憶とを……未来に繋ぐ」

 その瞬間、美佳は「鍵」を孔へと差し込んだ。

 激しい閃光がホール全体を包み込む。
 床が揺れ、天井から光の粒子が舞い降りてくる。まるで夜空の星が降り注いでいるようだった。

 《選択を確認しました》
 《システムは、都市との融和を開始します》

 LAPISの声が淡く変質する。冷たい無機質さが消え、柔らかな響きに変わっていった。

 「やったのか……?」
純が息を呑む。

 玲が小さく笑う。
「未来は、まだ続くってことね」
 ユリの瞳から涙がこぼれる。
「……信じてよかった」
 翔は短く「ふっ」と息を吐き、わずかに口角を上げた。

 光の中、美佳は瞳を閉じた。
 ──アンケートの始まりは、軽い気持ちの回答だった。
 けれど今、その選択は「私自身の答え」として結ばれたのだ。

 都市の鼓動が再び響き出す。
 それは破壊の音ではなく、未来へと進む歩みの音だった。