スクリーンに走ったノイズが消えると、青白い光が制御室を再び満たした。
 その瞬間、美佳の胸の奥に鋭い痛みが走った。視界の端に、一瞬だけ「廃工場」の錆びついた鉄骨がよぎる。あのとき確かに見た、壁に刻まれたロゴ──

《LAPIS: Logical Algorithmic Parallel Integration System》

 そして耳の奥に蘇る声。
《──必ずまた連絡する》
 第3話で聞いた、あの電話の声だ。若い女性。彼女はいったい誰だったのか。


重苦しい空気が支配する零域の一角。
七海彩音から受け取った“鍵”をめぐり、仲間たちの間に緊張が走っていた。

有栖川玲が苛立ちを隠さず声を荒げる。
「……やっぱり、その鍵が全てのトリガーなんだね。…でも、どうして美佳なの? この都市の真実に触れるのは、私の役目のはずよ!」

宮下ユリも強い口調で反論する。
「彩音は美佳に『選ばせた』んじゃない。託したのは“守るため”よ。都市が壊れるのを、彼女は望んでいなかった」


二人の言葉は鋭くぶつかり、火花を散らした。
美佳は言い返すこともできず、ただ胸の奥で波打つ不安を抑えようとする。

「守る? 笑わせないで。守ってきた結果がこの欺瞞でしょ。美佳、その鍵を私によこして。私が公開を実行するわ」



その時、沈黙を保っていた東郷翔が、低い声を放った。
「……言い争っても結論は出ない」

彼の声は冷静で、二人の熱に押されることなく場を切り裂いた。
「問題は“鍵”そのものの意図だ。美佳に託されたのは事実。そして、それをどう使うかは彼女が決めるしかない。俺たちはその結果に従う──それだけの話だ」

短い言葉だったが、その重みは議論を一瞬で鎮めた。
玲もユリも、なお納得しきれない表情を見せつつも、翔の冷徹な現実認識に反論はできなかった。

美佳は視線を落とし、手のひらの中の鍵を見つめる。
冷たい光を放つそれは、まるで「選べ」と無言で迫っているように感じられた。

──私が、この都市の未来を決める?
胸の奥で、恐怖と覚悟がせめぎ合う。

その横顔を翔はじっと見つめていた。
冷静な瞳の奥に、わずかな期待と不安が交錯していることを、誰も気づかなかった。