スクリーンに浮かぶ二つの選択肢──《公開》か《封印》か。
 それは単なるボタン一つの選択に見えて、実際にはこの学園都市全体の未来を左右するものだった。

 制御室の空気は重く、誰もが息を潜めていた。
 長い沈黙を破ったのは、有栖川玲だった。
「答えは決まってる。公開よ」
 彼女の声は低く、それでいて鋭く響く。
「この都市を覆う欺瞞を、誰かが暴かなきゃならない。私たちがその役を担うのは必然よ」

 その言葉に宮下ユリが顔をしかめ、すぐに反論する。
「簡単に言わないで! そんなことをしたら都市そのものが崩壊するのよ? 藍都学園都市は、もう何十万もの人の生活の基盤なの。『真実』なんて言葉でそれを壊すなんて、正義じゃない!」

 玲の瞳が鋭さを増し、彼女を射抜いた。
「正義? それこそ欺瞞(ぎまん)よ。あんたの言う『日常』は、最初から誰かに設計された檻よ。そこに甘んじて目を背けて生きるの?」

 反論しかけて、ユリは唇を噛みしめた。震える手が膝の上で握られている。

 その張り詰めた空気を和らげるように、朝倉純が口を開いた。
「二人とも、落ち着け。……ユリの言ってることも正しい。もし記録を公開すれば、都市の人間は混乱に陥るだろう。下手をすれば暴動になる」
 彼は淡々と事実を述べるが、その眼差しには迷いがあった。

 美佳は黙ってスクリーンを見つめていた。
 心臓は早鐘のように脈打ち、掌の中のペンダントが微かに熱を帯びる。
 彩音から託された「鍵」。その存在が、まるで自分に選択を迫っているかのようだった。

「……彩音は、どうしてこの鍵を私に託したんだろう」
 小さな声が制御室に響いた。

 純が振り返り、美佳の名を呼ぶ。
「美佳?」

「たぶん……彩音は、わたしたちが“何を選ぶのか”を見たかったんだと思う」
 美佳は自分の声が震えているのを自覚した。
「過去を暴いてでも進むのか。それとも、嘘でも安定を守るのか。……どっちが正しいなんて、きっと誰にも決められない。でも、選ばなきゃならないんだよ」

 玲が鼻で笑った。
「なら答えは明白ね。私は檻の中で眠ったまま生きるなんてまっぴらごめんよ」

「簡単に言わないで!」
ユリが叫んだ。声は震えていたが、その瞳には強い光が宿っていた。
「あなたは強いからいいかもしれない。でも、普通の人たちは? 突然“自分の人生が仕組まれたもの”だと知らされて、正気を保てると思う? 守られるべきものだってある!」

 誰もが言葉を失う。
 議論は堂々巡りを始めようとしていた。

 その時、スクリーンが一瞬ノイズに覆われ、再びあの女性の声が響く。
《──あなたたちの選択は、わたしたち全員の未来を決める。逃げ道はない。》

 美佳は唇を強く噛んだ。
「……決めなきゃいけないんだね。ここで」

 純が頷く。
「それぞれの答えを出すしかない」

 青白い光に照らされる制御室で、五人の視線が交錯した。
 公開か、封印か──。
 それぞれの胸に、異なる答えが灯っていた。