扉の内側は、湿った空気と埃の匂いで満ちていた。
 懐中電灯の光が錆びついたパイプと、剥がれ落ちた壁の塗装を照らす。長い間誰も立ち入らなかったはずのその空間には、なぜか妙な「気配」が漂っていた。

 足を踏み出すたび、コンクリートの床が乾いた音を響かせる。
 三枝美佳は息を潜めながら周囲を見渡した。
 ──ここに、私の答えがある。そう感じさせる何かが、胸の奥で脈打っていた。

 隣を歩く朝倉純が、不意に低くつぶやく。
「この施設……ただの工場じゃないな」
「え?」
美佳は振り返った。
「空気の流れが不自然だ。換気システムがまだ稼働してる。誰かが維持してるんだ」

 純の言葉に、有栖川玲と宮下ユリも表情を硬くする。
「つまり、“現役”ってこと?」
ユリが囁く。
「でも、ここは封鎖されて久しいはずだよ。表向きは……」
玲が言葉を濁した。

 そのとき、美佳の胸ポケットで“鍵”が微かに光を放った。七海彩音から託された銀のペンダント。
 廊下の奥へと進むほどに、光は強く脈打ち始める。まるで導かれるように。

「……この鍵が、道を示してるの?」
 美佳は思わず呟いた。

 やがて一行は、分岐点にたどり着く。左右に延びる回廊。その先は暗闇に沈んでいる。
 純が真剣な眼差しで美佳を見つめる。
「どちらに進むべきか、鍵に聞いてみろ」

 美佳は深呼吸し、目を閉じた。手のひらに熱を帯びるペンダント。その脈動を感じ取るように意識を集中させる。
 ──左。
 はっきりと、心の奥に流れ込む直感があった。

「……左に行こう」
「了解」
純が短く答える。

 四人は左の回廊へと進む。そこは長く続く暗い通路で、壁のパネルには消えかけた警告灯が赤く点滅していた。
 ──まだ、どこかで電力が供給されている。

 次の瞬間。
 頭上のスピーカーから、微かな声が流れた。

 《……ケて……ください……》

 美佳の背筋に冷たいものが走った。
 女の声。それは、遠く、途切れがちだが、どこかで聞いた覚えがある響き。

「今の……!」
玲が顔を上げる。
「誰かが、この工場の奥から……?」
ユリの声が震える。

 純は唇を固く結んだ。
「……罠かもしれない。けど、進むしかない」

 四人は再び歩みを進めた。
 錆びついた回廊の奥に待つのは、救いか、それとも破滅か。
 胸の中で光る鍵だけが、唯一の道標だった。