黒い影がうねり、零域の光を呑み込もうと迫ってくる。圧倒的な闇の質量に、美佳の足は思わず後ずさった。隣に立つ純の呼吸が乱れているのが伝わる。ユリも玲も、無意識に互いを守るように背中を合わせた。
 その中心で、美佳はただ影を見据えた。恐怖に震えながらも、心の奥で何かがかすかにきしむ音を立てていた。

 ──見覚えがある。

 影の中心に浮かぶ紋様のような歪み。その瞬間、美佳の視界に光が差し込む。まばゆい閃光の中、記憶の断片が無理やり引きずり出されるように浮かび上がった。

 ──錆びついた鉄骨、砕けたガラス窓。そこに打ち捨てられた巨大な施設。

 崩れ落ちそうな壁面に、ただひとつ鮮やかに残されたロゴがあった。

 《LAPIS: Logical Algorithmic Parallel Integration System》

 思い出した瞬間、美佳の胸が熱くなる。あれは夢ではなかった。確かに見た。あの廃工場に残された刻印。

「……工場……?」
 小さく漏れた美佳の言葉に、純が鋭く振り返る。
「美佳、今なんて……?」
「わからない……でも、思い出したの。あの影の奥に、あの建物が……。廃工場。きっと……そこに答えがある」

 影が一瞬たじろぐように揺らいだ。まるで美佳の記憶を突き止められたことに動揺しているかのように。

「……やっぱり、繋がってるのか」
 玲が低く呟く。
「藍都学園都市を覆う影も、アンケートも、LAPISも……全部あの場所から始まってるんだ」

 闇が再び牙をむく前に、七海彩音の声が響いた。
『美佳、忘れないで。あなたに渡した“鍵”は、その場所を開くためにある。迷わないで。』

 その声と同時に、零域が激しく振動し、視界が白に塗りつぶされていった。

 ──次に目を開いたとき、彼女たちは再び学園都市の夜に立っていた。遠くで風がうなり、廃工場の幻影がまだ瞼の裏に焼き付いている。

「行くしかないな」
 純が短く言い、美佳を見た。
「そこに“答え”がある。そうなんだろ?」
 美佳は力強く頷いた。
「うん……。みんなで、確かめに行こう」

 こうして、彼らの視線は自然と同じ一点を向いた。
 藍都学園都市の外れ、地図にも残されていない──錆びついた廃工場。