旧病院の薄暗い廊下に、硬質な靴音が反響していた。
「カツン……カツン……」
規則的で冷ややかな響きは、まるで心臓の鼓動を模倣しているかのように、美佳たちの胸に圧迫感を与える。
「止まれ」
純が低く命じると、全員が息を呑んだまま動きを止めた。
玲はわずかに腰を落とし、翔は懐から小型の端末を取り出して空間をスキャンする。ユリの指先はいつでも術式を展開できるよう震えていた。
靴音は徐々に近づき、やがて廊下の角の向こうに影が映る。
美佳は無意識にポケットを握りしめていた。そこには、彩音から託された「鍵」が入っている。冷たい金属の感触が、かろうじて彼女を現実に繋ぎ止めていた。
影が一歩、また一歩と伸びてくる。
廊下の蛍光灯がちらつき、白と黒の縞模様が影を歪ませる。その輪郭は人のようでいて、どこか奇妙に揺らいでいた。
「……誰だ」
純の声が鋭く廊下を貫く。しかし返事はない。
かわりに、靴音がぴたりと止んだ。
空気そのものが張り詰め、音を失ったかのような静寂が落ちる。
次の瞬間、低くかすれた声が闇の奥から響いた。
「……やはり、来たか」
美佳の背筋が凍る。
その声は男とも女ともつかない。機械を通したように歪み、しかし妙に感情を孕んでいる。
翔が小さく舌打ちした。
「……自己紹介もしねえとはな。お前が“橘誠二”か?」
返事はない。ただ、影がゆっくりとこちらへ動き出す。
美佳の指先がさらに鍵を握りしめる。なぜだろう、その影が“鍵”を求めているような直感があった。
玲が囁く。
「美佳、後ろに下がって」
だが、影は彼女を真っすぐに見ていた。灯りに照らされるたび、目のような光がちらつき、美佳の胸を射抜く。
「……やはり、お前か」
声は、確かにそう言った。
その瞬間、美佳は理解した。これはただの幻でも、過去の亡霊でもない。自分を知っている“何者か”が、確かにそこにいるのだ。
息が詰まりそうな緊張の中、純が一歩前に出る。
「だったら確かめさせてもらう。お前が“誰”なのかを」
影と純の間に、濃密な気配が走った。
そして、廊下の蛍光灯が一斉に消え、闇が一行を包み込む──。
「カツン……カツン……」
規則的で冷ややかな響きは、まるで心臓の鼓動を模倣しているかのように、美佳たちの胸に圧迫感を与える。
「止まれ」
純が低く命じると、全員が息を呑んだまま動きを止めた。
玲はわずかに腰を落とし、翔は懐から小型の端末を取り出して空間をスキャンする。ユリの指先はいつでも術式を展開できるよう震えていた。
靴音は徐々に近づき、やがて廊下の角の向こうに影が映る。
美佳は無意識にポケットを握りしめていた。そこには、彩音から託された「鍵」が入っている。冷たい金属の感触が、かろうじて彼女を現実に繋ぎ止めていた。
影が一歩、また一歩と伸びてくる。
廊下の蛍光灯がちらつき、白と黒の縞模様が影を歪ませる。その輪郭は人のようでいて、どこか奇妙に揺らいでいた。
「……誰だ」
純の声が鋭く廊下を貫く。しかし返事はない。
かわりに、靴音がぴたりと止んだ。
空気そのものが張り詰め、音を失ったかのような静寂が落ちる。
次の瞬間、低くかすれた声が闇の奥から響いた。
「……やはり、来たか」
美佳の背筋が凍る。
その声は男とも女ともつかない。機械を通したように歪み、しかし妙に感情を孕んでいる。
翔が小さく舌打ちした。
「……自己紹介もしねえとはな。お前が“橘誠二”か?」
返事はない。ただ、影がゆっくりとこちらへ動き出す。
美佳の指先がさらに鍵を握りしめる。なぜだろう、その影が“鍵”を求めているような直感があった。
玲が囁く。
「美佳、後ろに下がって」
だが、影は彼女を真っすぐに見ていた。灯りに照らされるたび、目のような光がちらつき、美佳の胸を射抜く。
「……やはり、お前か」
声は、確かにそう言った。
その瞬間、美佳は理解した。これはただの幻でも、過去の亡霊でもない。自分を知っている“何者か”が、確かにそこにいるのだ。
息が詰まりそうな緊張の中、純が一歩前に出る。
「だったら確かめさせてもらう。お前が“誰”なのかを」
影と純の間に、濃密な気配が走った。
そして、廊下の蛍光灯が一斉に消え、闇が一行を包み込む──。



