藍都学園都市の外れ、旧市街地に残るアパート群。
かつての華やかさを失った路地を抜けた先に、宮下ユリはいた。
小さな喫茶店のテラス席で、ホットコーヒーを前に、何かを書き留めている。
「ユリ……」
美佳が声をかけると、ユリは顔を上げた。
変わらぬ穏やかな笑み──だが、その瞳は以前よりも鋭く、何かを試すような光を宿していた。
「久しぶり、美佳。それに純くんも」
ユリは手帳を閉じ、二人に向かい合う席を指さした。
翔と玲も少し離れた席に腰を下ろし、周囲の様子をさりげなく監視している。
「彩音から、鍵を託されたのね?」
ユリの口調は、まるで全てを知っているかのようだった。
美佳は頷き、バッグの中の銀色の鍵をそっと触れる。
「ユリ……あなたも、持ってるんですよね。もうひとつの鍵を」
純が切り込むように言うと、ユリはゆっくりと微笑み、コートの内ポケットから小さなケースを取り出した。
開くと、中には黒曜石のように黒く光る鍵──形は美佳のものとほぼ同じだが、刃先の模様が微妙に異なっている。
「これが、もう一つの“解錠媒体”。二つ揃えなければ、旧藍都病院地下の封鎖は解けない」
ユリは視線を真っ直ぐに美佳へ向けた。
「でも──あなた、本当にそれを使う覚悟はある?」
その問いに、美佳は言葉を失う。
使えば何かが変わる。玲が言った通り、二度と元の自分には戻れない。
「……どういう意味?」
美佳が問うと、ユリは少し俯き、声を落とした。
「地下に眠っているのは、ただのデータや装置じゃない。“記憶”なの」
「記憶……?」
「私たちが生きてきた時間の“裏側”に隠された、もう一つの藍都学園都市の歴史。そこには、この街で起きた本当の事件の記録が封じられている。鍵を使えば、それが現実世界に上書きされる」
純がわずかに息を呑む。
「つまり……封印を解けば、今の世界そのものが変わるってことか」
ユリは無言で頷いた。
沈黙が落ちる。カップの中のコーヒーが、湯気とともにわずかに揺れた。
翔と玲がこちらを見やり、次の言葉を促すように視線を送ってくる。
美佳は鍵を握りしめ、心の奥で問いかけた。
──私は、この“記憶”を解き放つべきなの?
──それとも、封じたままにするべきなの?
「……私、行きます」
やっとの思いで、声が出た。
ユリは短く息を吐き、黒い鍵を差し出した。
「じゃあ、二つの鍵が揃ったわね。次は……病院の地下で会いましょう」
その時、遠くでサイレンが響いた。
何かが、もう動き始めている──そう、美佳は感じた。
かつての華やかさを失った路地を抜けた先に、宮下ユリはいた。
小さな喫茶店のテラス席で、ホットコーヒーを前に、何かを書き留めている。
「ユリ……」
美佳が声をかけると、ユリは顔を上げた。
変わらぬ穏やかな笑み──だが、その瞳は以前よりも鋭く、何かを試すような光を宿していた。
「久しぶり、美佳。それに純くんも」
ユリは手帳を閉じ、二人に向かい合う席を指さした。
翔と玲も少し離れた席に腰を下ろし、周囲の様子をさりげなく監視している。
「彩音から、鍵を託されたのね?」
ユリの口調は、まるで全てを知っているかのようだった。
美佳は頷き、バッグの中の銀色の鍵をそっと触れる。
「ユリ……あなたも、持ってるんですよね。もうひとつの鍵を」
純が切り込むように言うと、ユリはゆっくりと微笑み、コートの内ポケットから小さなケースを取り出した。
開くと、中には黒曜石のように黒く光る鍵──形は美佳のものとほぼ同じだが、刃先の模様が微妙に異なっている。
「これが、もう一つの“解錠媒体”。二つ揃えなければ、旧藍都病院地下の封鎖は解けない」
ユリは視線を真っ直ぐに美佳へ向けた。
「でも──あなた、本当にそれを使う覚悟はある?」
その問いに、美佳は言葉を失う。
使えば何かが変わる。玲が言った通り、二度と元の自分には戻れない。
「……どういう意味?」
美佳が問うと、ユリは少し俯き、声を落とした。
「地下に眠っているのは、ただのデータや装置じゃない。“記憶”なの」
「記憶……?」
「私たちが生きてきた時間の“裏側”に隠された、もう一つの藍都学園都市の歴史。そこには、この街で起きた本当の事件の記録が封じられている。鍵を使えば、それが現実世界に上書きされる」
純がわずかに息を呑む。
「つまり……封印を解けば、今の世界そのものが変わるってことか」
ユリは無言で頷いた。
沈黙が落ちる。カップの中のコーヒーが、湯気とともにわずかに揺れた。
翔と玲がこちらを見やり、次の言葉を促すように視線を送ってくる。
美佳は鍵を握りしめ、心の奥で問いかけた。
──私は、この“記憶”を解き放つべきなの?
──それとも、封じたままにするべきなの?
「……私、行きます」
やっとの思いで、声が出た。
ユリは短く息を吐き、黒い鍵を差し出した。
「じゃあ、二つの鍵が揃ったわね。次は……病院の地下で会いましょう」
その時、遠くでサイレンが響いた。
何かが、もう動き始めている──そう、美佳は感じた。



