零域の内部は、冷たいコンクリートの廊下や機械の列──そんな無機質な空間を想像していた美佳の予想を、あっさり裏切った。
そこには、夜の学園都市が広がっていた。
街灯が柔らかく光り、校舎の窓には灯りが点る。遠くには観覧車がゆっくりと回り、祭囃子のような微かな音まで聞こえる。
「……何、これ……」
呟いた声が、風にかき消された。
目の前を、制服姿の生徒たちが笑いながら通り過ぎる。その中には、数年前に亡くなったはずのクラスメイトの顔も混じっていた。
胸の奥に鈍い衝撃が走る。
美佳は足を一歩踏み出し、周囲を見回した。
すると、視界の端で何かが瞬いた。
──同窓会の夜。
テーブル越しに笑う朝倉純の姿。
その隣で、七海彩音が「鍵」を手渡す瞬間。
記憶が、今の風景と重なり合うように流れ込んでくる。
しかし、その記憶の中で彩音が渡しているのは「鍵」ではなかった。
小さな黒い箱──そしてそれを受け取っているのは、美佳ではなく純だった。
「……おかしい。こんなの、なかった」
額に冷たい汗が滲む。
まるで、過去が書き換えられている。
耳元で、柔らかい声が囁いた。
「やっと、来たんだね。美佳」
振り返ると、そこに立っていたのは──ミオ。
第3話で電話越しに声だけを聞いた少女が、現実の姿でそこにいた。
黒髪を肩で切り、藍色のワンピースを着ている。その瞳は深い湖のように静かだった。
「あなたは……誰?」
「私はミオ。あなたのアンケートを受け取った者。そして、零域が求めた“回答者”」
美佳の心拍が跳ね上がる。
「どういう……意味?」
「零域は、あなたの記憶を読み取り、選び取る。どの過去を守り、どの未来を捨てるか……それを決めるのが、回答者の役目」
ミオは一歩近づき、美佳の肩に触れた。
その瞬間、視界の端で学園都市の景色が滲み、代わりに見知らぬ廃墟のような風景が広がった。
「もしあなたが“間違った選択”をすれば──」
ミオの声は囁きから鋭さを帯びた。
「この都市は、二度と目を覚まさない」
美佳は息を呑む。
背後の扉の向こうには、純と彩音がまだ戦っているはずだ。
戻る方法も、選択肢も、何一つわからないまま──彼女は、この零域の中心へと足を踏み入れた。
そこには、夜の学園都市が広がっていた。
街灯が柔らかく光り、校舎の窓には灯りが点る。遠くには観覧車がゆっくりと回り、祭囃子のような微かな音まで聞こえる。
「……何、これ……」
呟いた声が、風にかき消された。
目の前を、制服姿の生徒たちが笑いながら通り過ぎる。その中には、数年前に亡くなったはずのクラスメイトの顔も混じっていた。
胸の奥に鈍い衝撃が走る。
美佳は足を一歩踏み出し、周囲を見回した。
すると、視界の端で何かが瞬いた。
──同窓会の夜。
テーブル越しに笑う朝倉純の姿。
その隣で、七海彩音が「鍵」を手渡す瞬間。
記憶が、今の風景と重なり合うように流れ込んでくる。
しかし、その記憶の中で彩音が渡しているのは「鍵」ではなかった。
小さな黒い箱──そしてそれを受け取っているのは、美佳ではなく純だった。
「……おかしい。こんなの、なかった」
額に冷たい汗が滲む。
まるで、過去が書き換えられている。
耳元で、柔らかい声が囁いた。
「やっと、来たんだね。美佳」
振り返ると、そこに立っていたのは──ミオ。
第3話で電話越しに声だけを聞いた少女が、現実の姿でそこにいた。
黒髪を肩で切り、藍色のワンピースを着ている。その瞳は深い湖のように静かだった。
「あなたは……誰?」
「私はミオ。あなたのアンケートを受け取った者。そして、零域が求めた“回答者”」
美佳の心拍が跳ね上がる。
「どういう……意味?」
「零域は、あなたの記憶を読み取り、選び取る。どの過去を守り、どの未来を捨てるか……それを決めるのが、回答者の役目」
ミオは一歩近づき、美佳の肩に触れた。
その瞬間、視界の端で学園都市の景色が滲み、代わりに見知らぬ廃墟のような風景が広がった。
「もしあなたが“間違った選択”をすれば──」
ミオの声は囁きから鋭さを帯びた。
「この都市は、二度と目を覚まさない」
美佳は息を呑む。
背後の扉の向こうには、純と彩音がまだ戦っているはずだ。
戻る方法も、選択肢も、何一つわからないまま──彼女は、この零域の中心へと足を踏み入れた。



