夜の学園都市には、妙な静けさが漂っていた。
 人工光が整然と整備された歩道を照らしているはずなのに、どこか影が濃い。空気が重い。
 美佳は旧校舎へと続く小道を歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。

「……なんでこんなことに」

 制服姿の自分を思い出せない。
 彩音の笑顔も、朝倉の声も、どこか映像のように平坦で、手触りがなかった。

 ──カツ、カツ、カツ……

 誰かの足音が背後から近づいてくる。
 美佳は振り返り、ほっとしたように声をかけた。

「朝倉くん……!」

 「……違うよ」

 現れたのは、宮下ユリ(みやしたゆり)だった。高校時代、同じクラスだったはずの少女。いつも冷静で、誰とも群れないタイプだった。彼女もまた、この“同窓会”に来ていたのだ。

 「君も来たんだ」

 「あなたも……気づいてたのね、“あの事件”のこと」

 「事件?」

 美佳は首を傾げる。
 ユリはため息をついた後、小さなタブレットを取り出して美佳に渡した。

 そこには、5年前の記録が映っていた。




記録映像:

> 「LAPIS試験区域、0-αクラス対象:記憶感情パターン収集実験」
「実験開始──被験者、三枝美佳、状態異常なし」
「アンケート送信完了。記憶同期開始」






 「これは……私……?」

 「そう、あなたは“LAPIS”の第一期被験者。私も、朝倉くんも」

 映像に映る自分は、どこか虚ろだった。
 目の焦点が合わず、笑顔だけが浮いていた。

 「あなたの“記憶”はね、他人の感情で構成されてるの。
 本当の自分じゃなく、アンケートで“他人が想像した三枝美佳”が、あなたの中に書き込まれていったのよ」

 美佳は言葉を失った。

 (じゃあ、私の思い出は──私のじゃない?)

 「あなたがこの実験の“鍵”だった。だから記憶を書き換えられたまま放置されてた。でも、同窓会でLAPISのネットワークに近づいたことで、“回収プロセス”が動き出したの」

 「回収……?」

 「ええ。“あなたの記憶”と、“私たちの記憶”を照合して、
 本来の人格を選び取る。
 でも、誰か一人が選ばれたら、他は消えるわ──記憶ごと」

 突如、旧校舎の扉が開いた。
 中から、朝倉が現れる。顔に静かな緊張をたたえていた。

 「始まったようだね。LAPISの“審問”が」