夜の藍都学園都市は、昼のきらびやかな姿とはまるで別物だった。
ネオンは間引かれ、通りには影が濃く伸びている。
人気のない道を三人は走っていた。純の足音は迷いなく、彩音は何度も背後を確認しながら歩調を合わせる。美佳は息を切らせ、胸の奥にずっと重く響く鼓動を感じていた。

「……旧校舎って、本当にまだ残ってるの?」
美佳の問いに、純が短く答える。
「ああ。公式には“資料保管庫”になってるが、裏は違う」

彩音が視線を鋭くしながら口を挟む。
「零域は、その旧校舎のさらに地下にあるわ。一般の出入りは禁止。
 しかも、内部の地図はLAPISでも限られた権限者しか知らない」

「じゃあ、どうやって入るの……?」美佳が問い返すと、彩音は口元をわずかに歪め、ポケットから小さな金属片を取り出した。
それは、同窓会の夜に渡された“鍵”だった。

「これがあれば、最低限の扉は開くはず。ただ……奥に行くには、もう一つ必要なの」

美佳はその視線の意味を悟り、端末を握り直す。
「私、でしょ?」
「そう。あなたの認証がないと零域の中枢にはアクセスできない」

その時、都市全体に低く響くサイレンの音が夜を裂いた。
『警告──旧市街区における無許可移動を検知。対象は停止してください』

純が舌打ちし、走る速度を上げる。
「追手が来る。走れ!」

三人は曲がり角をいくつも抜け、苔むした石造りの建物の前に立った。
旧校舎──外壁は黒ずみ、窓は板で打ち付けられている。
けれど近づけば、重い鉄扉の奥から微かな機械音が聞こえてくる。

「……中はまだ生きてる」純が呟く。

彩音は金属片を扉の隙間に差し込み、低く囁いた。
「動かないで」
次の瞬間、小さな電子音と共に、錆びたはずの扉が静かに開く。
中は予想以上に広く、壁一面に古いモニターや配線がむき出しになっていた。

「ここから地下へ降りる」彩音が先導し、鉄製の階段を下りる。
足元は冷たく、湿気を帯びた空気が肌を這う。
階段を降り切ると、分厚い防爆扉が立ちはだかっていた。

「ここが零域の入口」彩音が美佳を振り返る。
「端末をここにかざして。あとは……覚悟の問題」

美佳は喉を鳴らし、一歩前に出る。
防爆扉の中央に埋め込まれた認証パネルに、端末を近づけた。
淡い青光が端末と扉を包み、低い機械音が響く。

──だが、その瞬間。

背後から硬質な足音が近づき、冷たい声が闇を裂いた。
「不正アクセスを確認。認証者、美佳・三枝。即時拘束します」

三人は振り返り、目を見開く。
そこには、LAPISの白い制服を纏った影が複数、無言で立ちはだかっていた。