指先が画面に触れる寸前、美佳は息を呑んだ。
その瞬間、端末がかすかに震え、液晶に“候補リスト”が浮かび上がる。
そこには、見覚えのある名前がずらりと並んでいた。

──朝倉純、七海彩音、東郷翔、有栖川玲、宮下ユリ……。
そして、藍都学園都市の同窓会で笑っていた、かつての同級生たちの名前まで。

「……こんな……」
美佳の喉が渇く。指先が冷えていく。
これが、“代償”というやつなのか。

彩音は小さく首を振る。
「それを選べば、あなたは記録者から外れる。でも、選ばれた人間は代わりに──」

言葉の続きを彩音は飲み込んだ。
純が代わりに淡々と告げる。
「ここに“記録”され続ける。感情も、行動も、未来も。
 それは、もう自分の人生じゃない」

美佳は端末を強く握りしめた。
頭の中に、同窓会での笑顔、過去の教室のざわめき、そして、何気ない日常の断片が次々と蘇る。
その全てが、もし“記録”の中に閉じ込められるのだとしたら──。

「なんで私に……こんな選択を……」
声が震える。

彩音は一瞬だけ視線を伏せた。
「私も、昔は同じ立場だった。
 でも……私は選んだ。選んだせいで、もう二度と会えない人がいる」

その瞳には、隠しきれない後悔の色があった。

純が美佳の前に立ち、端末を見下ろす。
「俺はお前に選べとは言うが、正直……この端末を壊す方法も、ゼロじゃない」

「壊す……?」
美佳が顔を上げると、純は低く頷いた。

「ただし、それをやれば、LAPISが黙っていない。
 都市全体を敵に回すことになる」

ホールの壁面に映る光景がざわめくように揺れ、無数の目がこちらを見ているような錯覚に陥る。
それはまるで、この都市そのものが、美佳の選択を待ち望んでいるかのようだった。

手の中の端末が、さらに強く震えた。
まるで「今決めろ」と急かすように。

美佳は一歩後ずさりし、純と彩音を交互に見た。
二人の表情は違っていたが、どちらも簡単には踏み込めない覚悟を湛えている。

──どうする、美佳。
選ぶか、壊すか。
あるいは、まだ別の道が……。

彼女は小さく息を吸い、端末の画面に再び指先を近づけた。

そのとき──
天井のホログラムが一斉にノイズを発し、白く焼き付くように光った。
次の瞬間、耳をつんざく警報が鳴り響く。

『記録網への外部侵入を検知──緊急封鎖を開始します』

冷たい機械音声がホールに響く。
そして壁面に、新たな人影が映し出された。

それは──ミオだった。
あの電話の向こうで、美佳に忠告をしてくれた少女。
だがその表情は、以前の穏やかな笑みではなく、硬く結ばれた唇と鋭い目をしていた。

「やっと見つけた……美佳、時間がない。今すぐ、その端末を──」

ミオの声が途切れる。
ホールの光景が揺らぎ、何かが崩れ落ちる音が響いた。