静寂が、美佳を包んでいた。
手の中にある小さな箱──それは、まるで命を持つように微かな脈動を感じさせた。
中にあるのは、LAPISの中枢制御キー。これ一つで、都市の記憶ネットワーク全体をシャットダウンできる。
過去を白紙に戻すのか、それとも、受け継ぎ、繋ぐのか。
彩音は言った。「どちらでも、私の願いに違いはない」と。
だが、決断するのは美佳自身だ。
「……怖いよ、彩音」
誰に届くわけでもない言葉を、美佳はつぶやく。
(私が、選んでいいの?)
この都市には、たくさんの人々の思い出が生きている。
大切な記憶も、忘れたい記憶も、理不尽に失われた記憶も。
もしすべてをリセットすれば、多くの悲しみや苦しみは消えるかもしれない。
でも、それは同時に、彩音が守ろうとしたものも、すべて──
無かったことにしてしまう。
(この都市が、記憶そのものだとしたら……)
かつて、ミオと名乗った少女の声が頭をよぎる。
あれは誰だったのか。今もはっきりとはわからない。
だが確かに、彼女の言葉は美佳を導いてくれていた。
「選ぶことでしか、前に進めないんだよ」
あのときの電話の声もまた、今の自分を作るきっかけになっていた。
受け身だった自分が、いまここにいるのは、誰かの声があったからだ。
(だったら……私は)
指が、箱の蓋にそっと触れる。
その瞬間、周囲の空間に波紋のような光が広がり、再び、誰かの姿が現れた。
「……純!」
白い空間の奥から、朝倉純が駆け寄ってくる。
その制服はLAPISのもの──だが、彼の顔には迷いも恐れもなかった。
「やっぱり、ここにいたか」
「純……!」
「決めたか?」
「……ううん。でも、ようやく“自分の意思”で考えられるようになった。……だから、答えはもうすぐ出せると思う」
純は、穏やかな表情で頷いた。
「それでいい。答えを出すのは、いつだって“自分”じゃなきゃ意味がない。誰かに選ばされるくらいなら、間違ってたって、自分で決めた方がマシだ」
その言葉に、美佳の中で何かがカチリと噛み合う音がした。
「……ありがとう、純。あなたと一緒に、ここまで来られて良かった」
二人はしばし、白い空間の中心で黙って立ち尽くした。
重い沈黙ではなく、心地よい無音のなかで──それぞれの記憶と向き合うように。
やがて、美佳は箱の蓋を開けた。
中には、銀色に輝く小さなキーが収められていた。
その光は、まるで心の奥底を照らすかのように、静かに、強く、輝いていた。
「……私は、この記憶を、守る」
その言葉と共に、美佳はキーを握り締めた。
選択は終わった。
そして、物語は次の扉を開く──。
手の中にある小さな箱──それは、まるで命を持つように微かな脈動を感じさせた。
中にあるのは、LAPISの中枢制御キー。これ一つで、都市の記憶ネットワーク全体をシャットダウンできる。
過去を白紙に戻すのか、それとも、受け継ぎ、繋ぐのか。
彩音は言った。「どちらでも、私の願いに違いはない」と。
だが、決断するのは美佳自身だ。
「……怖いよ、彩音」
誰に届くわけでもない言葉を、美佳はつぶやく。
(私が、選んでいいの?)
この都市には、たくさんの人々の思い出が生きている。
大切な記憶も、忘れたい記憶も、理不尽に失われた記憶も。
もしすべてをリセットすれば、多くの悲しみや苦しみは消えるかもしれない。
でも、それは同時に、彩音が守ろうとしたものも、すべて──
無かったことにしてしまう。
(この都市が、記憶そのものだとしたら……)
かつて、ミオと名乗った少女の声が頭をよぎる。
あれは誰だったのか。今もはっきりとはわからない。
だが確かに、彼女の言葉は美佳を導いてくれていた。
「選ぶことでしか、前に進めないんだよ」
あのときの電話の声もまた、今の自分を作るきっかけになっていた。
受け身だった自分が、いまここにいるのは、誰かの声があったからだ。
(だったら……私は)
指が、箱の蓋にそっと触れる。
その瞬間、周囲の空間に波紋のような光が広がり、再び、誰かの姿が現れた。
「……純!」
白い空間の奥から、朝倉純が駆け寄ってくる。
その制服はLAPISのもの──だが、彼の顔には迷いも恐れもなかった。
「やっぱり、ここにいたか」
「純……!」
「決めたか?」
「……ううん。でも、ようやく“自分の意思”で考えられるようになった。……だから、答えはもうすぐ出せると思う」
純は、穏やかな表情で頷いた。
「それでいい。答えを出すのは、いつだって“自分”じゃなきゃ意味がない。誰かに選ばされるくらいなら、間違ってたって、自分で決めた方がマシだ」
その言葉に、美佳の中で何かがカチリと噛み合う音がした。
「……ありがとう、純。あなたと一緒に、ここまで来られて良かった」
二人はしばし、白い空間の中心で黙って立ち尽くした。
重い沈黙ではなく、心地よい無音のなかで──それぞれの記憶と向き合うように。
やがて、美佳は箱の蓋を開けた。
中には、銀色に輝く小さなキーが収められていた。
その光は、まるで心の奥底を照らすかのように、静かに、強く、輝いていた。
「……私は、この記憶を、守る」
その言葉と共に、美佳はキーを握り締めた。
選択は終わった。
そして、物語は次の扉を開く──。



