目を閉じると、深い闇の中に彩音の声が聞こえた。

──ありがとう、美佳。
──あなたなら、ちゃんと“向き合ってくれる”って、思ってたから。

意識はゆっくりと深層へと沈み、やがて、かすかな光が脳裏に差し込む。
その光の先に、かつての藍都学園都市の面影があった。

校舎、街路、交差点、人々の笑顔──しかし、それらは徐々に歪み、音を立てて崩れていった。
そのすべてに、「記録」というラベルが貼られている。

「ここは……?」

美佳は、自分が立っている場所に違和感を覚える。
物理的な空間ではなく、記憶のアーカイブ──いや、それすらも「誰かの主観的な記録」に過ぎなかった。

そして、彼女の前に扉が現れた。
無数の鍵穴が刻まれた、白く冷たい扉。
その中央に、彩音から渡された“鍵”と同じ形の模様が光っている。

美佳は無言で、鍵を差し込む。
重々しい音を立てて、扉が開いた瞬間、記憶の奔流が溢れ出した。

──研究者たちの会議室。
──LAPISプロジェクトの設計図。
──被検体として扱われる子どもたち。

その中に、七海彩音と記された少女の名前があった。

「……やっぱり……あなたは、関わっていたんだ」

彩音は実験の中心にいた。
だが、実験対象としてではなく──観測者として。

「記憶を観察し、選別し、時に“編集”する能力。七海彩音は、都市の中核にリンクされた“記憶管理者”だった」

背後から聞こえた声に、美佳は振り返る。
再び現れた“純”の姿。しかし、先ほどとは違っていた。

その表情は、優しく、苦しげだった。まるで、本物の純のように。

「俺は、この記憶の断片から構成された。だからこそわかる。彩音は、誰かに全てを託したくて、必死だった」

「それが……私?」

「そう。彼女は自分で終わらせることができなかった。自分の存在も、記憶も、この都市に縛られていたから。でも、美佳、君は“外”から来た。過去に囚われず、選択ができる存在」

扉の奥に、さらにもうひとつ、真っ白な空間が見えた。
そこには、誰もいない。だが、かすかな少女の歌声が響いていた。

「この奥に……彩音が?」

「たぶん、そうだろう。彼女の最後の意志が、そこにある。でも、それを開けば、都市の“制御”が完全に失われる。LAPISの中枢システムは崩壊するかもしれない」

「わかってる。でも……進むしかないんだよね?」

“純”はうなずいた。そして静かに言った。

「もう、君はただの観察者じゃない。君が選ぶことが、この都市の未来になる」

美佳は一歩、白い空間へと足を踏み出す。

その瞬間、風が吹いた。
記憶のかけらが舞い、過去が囁き、未来が静かに待っていた。