「どうした、美佳。受け取れよ、鍵を。君が、選ばれたんだろ?」

その声は確かに純のものだった。
だが、目の奥に宿る光が──違っていた。冷たく、計算された光。

美佳の手は震えていた。
純の姿をした“何か”が、差し出す鍵。
それは、彩音から直接託されたはずのもの。なのに、なぜ今、彼の手の中に?

「純……あなた、純じゃない」

ようやく絞り出した声に、“純”はふっと口角を上げた。

「そう思うか? でも、おれはおれだ。記憶があって、意志がある。それだけで人間は人間になるんだよ」

「……何を言って……」

「LAPISの旧研究区画には、“人格模倣プログラム”の端末がまだ生きてる。残留記憶と接続すれば、身体がなくても“誰か”を再構成できる。今の俺は、朝倉純の記憶と意志、そしてこの施設の意思から構成された存在さ」

彼の瞳が、淡く蒼く光る。人工的な光だった。

「君がここに来るよう、彩音が“鍵”を託したのは計算じゃない。だが、この場所はその想いすら利用する。君が“過去”を暴こうとすればするほど、“今”が揺らぐんだ」

「やめて……!」

美佳は一歩後ずさった。

「私は、真実を知りたいだけ! 彩音が見てきた世界を──あなたたちが奪ったものを!」

その叫びに、“純”の表情がわずかに揺れる。

「……君のその感情すらも、想定内なんだよ、美佳。だってこれは……君自身が最初に選んだことだから」

「……選んだ?」

「そう。最初の“アンケート”を覚えてるかい? あの問いは、単なる調査じゃなかった。君が、この実験に参加するかどうかの意思表示だったんだ」

胸が締めつけられた。

美佳の頭の中に、あの何気ない選択肢がフラッシュバックする。

──あなたは、真実を知りたいですか?
□ はい
□ いいえ

「……“はい”って……答えた」

「その時点で、君は選ばれてた。そしてこの都市の深層構造にアクセスする“鍵”として、君の意識はリンクされた」

“純”の声は静かに続く。

「彩音はそれを知っていた。君に鍵を託すことで、都市に真実が広がることを。だが、それは同時に、この都市の終わりを意味する。すべての制御を失い、記憶が暴走し、人々が過去に縛られる」

「……それでも……私は、受け取る。彩音がくれたものだから」

美佳は、震える手を伸ばした。
“純”が持つ、冷たい金属の鍵を握りしめる。

その瞬間──

頭の中に、無数の映像と声が流れ込んできた。
彩音の記憶、施設の記録、失われた過去と、選ばれた未来。

美佳は叫びそうになる意識の嵐に耐えながら、ただひとつの想いを胸に抱く。

「これは、終わらせるための物語だ」