真夜中の藍都学園都市。
地上のざわめきとは無縁の、冷たいコンクリートの下──そのさらに奥へと続く旧式の非常通路を、美佳は駆けていた。
足元には積もった粉塵、壁には旧時代の警告標識。
かつて避難ルートとして設計された通路は、今や都市の記憶の中にさえ存在していない。
「……純……大丈夫だよね……」
呟く声も、コツコツという足音にすぐかき消されていく。
狭く、湿った通路を進むにつれ、空気が変わっていくのを感じた。
人工的な匂い。電気のうなる音。どこかで誰かが「動かしている」気配──。
「……ここ、どこに続いてるの……?」
道は一度右に折れ、下り階段へとつながっていた。
その先に待っていたのは、明らかに「研究施設」の名残だった。
むき出しの配線、半壊したブラインド、そして錆びた金属製のプレートに残されたロゴ。
《LAPIS旧管理区画 No.05》
「LAPISの……旧本部?」
薄暗い光の中で、美佳の指先が震える。
旧施設が都市の地下に封印されていた──それは、都市に住む誰もが知らなかった、あるいは“知ってはいけなかった”事実だった。
持っていた端末の表示が急に乱れ、ノイズ混じりに何かの映像が浮かび上がる。
《……記録再生開始……》
それは、かつてこの施設で行われていた実験記録だった。
映像の中、幼い少女たちが並べられ、無機質な声で何かの質問に答えさせられている。
その形式は――アンケート。
だが、回答によって彼女たちの処遇が変わっていた。
「これは……」
その中に、見覚えのある顔があった。
髪の長い少女。凛とした目をしたまま、答えを口にする。
「……七海、彩音……?」
美佳は絶句した。
彩音はこの場所で――実験対象として、生かされ、そして使われていた?
「嘘……こんな……」
震える手で端末を握りしめた瞬間、通路の奥から扉が自動で開く音が響いた。
誰かが、来る。
美佳は反射的にデータをダウンロードし、端末を懐に隠すと、静かに物陰へ身を隠した。
足音は一人分。だがそのリズムに、聞き覚えがあった。
「……美佳? ……いるんだろ?」
聞こえた声に、美佳の胸が跳ね上がる。
「純……!?」
だが、その姿を確認した瞬間、美佳は違和感を覚えた。
制服は乱れ、目は赤く充血し、口元には血の痕。そして──その表情は、どこか“空虚”だった。
「お前に……渡してもらうものがある」
純はそう言いながら、ゆっくりと手を差し出した。
その手に握られていたのは、あの“鍵”──七海彩音が託した、記憶の鍵だった。
だが──なぜ、彼がそれを持っている?
「それ、どこで……」
問いかけようとした瞬間、美佳の背筋に冷たい戦慄が走った。
“この純は、本当に……朝倉純なのか?”
地上のざわめきとは無縁の、冷たいコンクリートの下──そのさらに奥へと続く旧式の非常通路を、美佳は駆けていた。
足元には積もった粉塵、壁には旧時代の警告標識。
かつて避難ルートとして設計された通路は、今や都市の記憶の中にさえ存在していない。
「……純……大丈夫だよね……」
呟く声も、コツコツという足音にすぐかき消されていく。
狭く、湿った通路を進むにつれ、空気が変わっていくのを感じた。
人工的な匂い。電気のうなる音。どこかで誰かが「動かしている」気配──。
「……ここ、どこに続いてるの……?」
道は一度右に折れ、下り階段へとつながっていた。
その先に待っていたのは、明らかに「研究施設」の名残だった。
むき出しの配線、半壊したブラインド、そして錆びた金属製のプレートに残されたロゴ。
《LAPIS旧管理区画 No.05》
「LAPISの……旧本部?」
薄暗い光の中で、美佳の指先が震える。
旧施設が都市の地下に封印されていた──それは、都市に住む誰もが知らなかった、あるいは“知ってはいけなかった”事実だった。
持っていた端末の表示が急に乱れ、ノイズ混じりに何かの映像が浮かび上がる。
《……記録再生開始……》
それは、かつてこの施設で行われていた実験記録だった。
映像の中、幼い少女たちが並べられ、無機質な声で何かの質問に答えさせられている。
その形式は――アンケート。
だが、回答によって彼女たちの処遇が変わっていた。
「これは……」
その中に、見覚えのある顔があった。
髪の長い少女。凛とした目をしたまま、答えを口にする。
「……七海、彩音……?」
美佳は絶句した。
彩音はこの場所で――実験対象として、生かされ、そして使われていた?
「嘘……こんな……」
震える手で端末を握りしめた瞬間、通路の奥から扉が自動で開く音が響いた。
誰かが、来る。
美佳は反射的にデータをダウンロードし、端末を懐に隠すと、静かに物陰へ身を隠した。
足音は一人分。だがそのリズムに、聞き覚えがあった。
「……美佳? ……いるんだろ?」
聞こえた声に、美佳の胸が跳ね上がる。
「純……!?」
だが、その姿を確認した瞬間、美佳は違和感を覚えた。
制服は乱れ、目は赤く充血し、口元には血の痕。そして──その表情は、どこか“空虚”だった。
「お前に……渡してもらうものがある」
純はそう言いながら、ゆっくりと手を差し出した。
その手に握られていたのは、あの“鍵”──七海彩音が託した、記憶の鍵だった。
だが──なぜ、彼がそれを持っている?
「それ、どこで……」
問いかけようとした瞬間、美佳の背筋に冷たい戦慄が走った。
“この純は、本当に……朝倉純なのか?”



