扉の向こうから近づく足音は、ゆっくりと、だが確実に彼らに迫っていた。
一歩ごとに床が振動し、まるでその重みが“決断”を突きつけるかのようだった。

美佳は呼吸を整え、手の中のデバイスを握りしめた。
その小さな端末に、彼女たちの希望と危険、そして都市の未来が詰まっている。

「……どうする? 撤退するか?」
純が小声で問いかける。

「今ここで逃げたら、また“誰か”が犠牲になるだけ。そうでしょ?」

美佳はゆっくりと立ち上がり、旧資料室の奥にある非常用の抜け道へ視線をやった。
そこは古い構造図にもかろうじて記されていた秘密の通路──だが、確実に脱出できる保証はない。

「出口はある。でも、行くなら“全部”持ち出さないと意味がない」

「了解。じゃあ、俺が囮になる」

「……え?」

「俺が扉側に残る。その間にお前はデータを持って抜け道から脱出しろ。情報を広められるのは、お前しかいない」

純の目は真剣だった。

美佳の胸がきゅっと締めつけられた。
この数日間、一緒に逃げて、戦って、ようやくここまで来たのに──また誰かを置いていくの?

「……そんなの、また繰り返しじゃない……!」

「繰り返させないための選択だ。お前が“やるべきこと”をやる。それだけだ」

言い終わると同時に、扉がゆっくりと開いた。

背後の非常灯に照らされ、浮かび上がったのは、漆黒のスーツに身を包んだ複数のLAPISエージェントたち。
その中央には、見覚えのある顔──有栖川玲がいた。

「やっぱり……あんたが来ると思ってた」

美佳がつぶやくように言うと、玲は冷たく微笑んだ。

「情報はすでに拡散されている。意味のない抵抗は、命を削るだけよ」

「命をかける価値のあることだから、やってるの」

その言葉に、玲の表情がわずかに崩れる。

「なら、見せてもらおう。あなたの“覚悟”を」

直後、エージェントたちが一斉に動いた。

純が前に出て身構え、爆発音とともに室内が閃光に包まれる。
視界が白く染まり、美佳は咄嗟に抜け道へと駆け込んだ。

「純!!」

名前を叫んだが、その声は煙に吸い込まれるように消えた。

奥へと進む狭い通路。その先にあるのは、自由か、それともさらなる罠か──。

彼女の足音だけが、地下の静寂に鳴り響いていた。