夜明け前、藍都学園都市は一瞬の静寂に包まれていた。
誰もが眠っているはずの時間帯。しかし、LAPIS中央棟の地下施設では、複数の端末が同時にアラートを鳴らしていた。

「侵入ログが検出されました。“Project MIRAGE”の研究記録に第三者がアクセスした形跡があります」

研究棟のセキュリティルームにいた黒服の男が、無表情のまま報告する。
対面のモニターに映し出されたのは、LAPIS運営本部責任者・有栖川玲。

「予想より早かったわね。……相手は?」

「特定はできませんが、内部アクセスキーを使用していたようです。外部からの侵入ではなく、LAPIS内部関係者か、もしくは……」

男が言いよどむ。

「もしくは、“対象者”ね。──美佳か、朝倉純」

玲の声は冷たく、抑揚がなかった。

「抹消対象に再指定しなさい。記録は再封印。これ以上、情報が拡散すれば……私たちの“実験”は終わりよ」

玲の背後の壁には、大型モニターが並び、その一つにはプロジェクトのシンボルマークが光っていた。
“Project MIRAGE”──虚像と現実の狭間で、人の心の構造を試す狂気の計画。

一方そのころ──

「送信、完了……!」

LAPIS内にある、かつての旧図書資料室跡地。そこに潜んでいた美佳と純は、手に汗握りながら、最後の操作を終えた。

「この端末は、まだ遮断されてなかった。ギリギリだったけど……」

美佳が肩で息をしていた。

先ほどまで表示されていた、あの“真実のファイル”を複数の匿名クラウドとダークネット上にアップロードし、一部は報道機関や記者個人へも送信していた。
送り主の名は伏せた。それでも、届くところには届く──その確信があった。

「……これで、止まらないよね。LAPISのやってきたことは、もう誰にも隠せない」

「いや、やつらは隠そうとするさ。都合の悪いものは、必ず“なかったこと”にする」

純の言葉に、美佳は静かにうなずいた。

そのとき、背後の扉が“ガチャン”と大きな音を立てて閉まった。
警報は鳴らない。代わりに、周囲の照明がすべて消え、非常灯だけが点滅する。

「……やばい。追ってきたかも」

純が身構える。だが、美佳の目は冷静だった。

「来るなら、来なさい。私は、もう逃げない」

扉の向こうから、重い足音。
それは敵か味方か、まだわからない。

しかし、美佳の心には、かつてないほど確かな意志があった。

彼女はもはや、操られる側の“モルモット”ではない。
自らの意志で選び、戦う存在へと変わっていた。

そして、この都市の誰もが、いつか“選択”を迫られるのだと、彼女は知っていた。