光が収まると、ポッドの外気と内圧が調整されたように、シューッと微かな音を立ててガラスが開いた。
液体が静かに排出され、中から現れた「もう一人の美佳」は、ゆっくりと足を床に降ろした。

まるで、新生児のように不安定な足取り。
それでも、視線はしっかりと“こちら”を見据えている。

美佳は言葉を失った。目の前にいる彼女──もう一人の「自分」は、あまりに自然に、あまりに“美佳らしく”立っていた。

「……あなたは……私……?」

鏡の中のように、同じ声が返ってくる。

「そう、かもしれない。……けど、違うかもしれない」

ふたりの美佳は、慎重に距離を詰める。
まるで互いが幻か現かを確かめるように、手を伸ばし──

指先が触れた。
温度が、あった。確かな、肉体の温度。

「私は……“模倣個体”って言われた。観測対象で、記録の断片だって。意味が、よくわからないけど……この鍵を渡されたの。彩音から」

模倣美佳──鍵を手にしているほうの美佳が、震える声で言う。
“本物”とされる彼女は、一瞬その手元を見つめたあと、静かに首を横に振った。

「……私はずっと、ここで眠ってた。夢のような感覚だけが、断片的に流れていて……外の世界に、触れた記憶はないの。でも、確かに感じてた。誰かが、私の代わりに“私”でいてくれたこと」

「それって……わたし?」

頷きが返ってきた。

「わたしは──もう戻れない。“わたし”が経験してきた日常は、あなたが生きた世界の中にしかないから。きっと、もう、交代なんてできない」

その言葉に、模倣美佳の胸の奥に鈍い痛みが走った。
自分が“本物”ではないと知っていたはずなのに、今ようやく、取り返しのつかない実感が押し寄せてくる。

それでも──

「ねえ、どうしてわたしを生み出したの? 何のために、わたしは存在したの?」

“本物”の美佳は、しばらく黙っていた。けれどその瞳には、哀しみのような光が浮かんでいた。

「あなたを生んだのは、私じゃない。……でも、あなたがいたからこそ、私の物語は生き延びた。私の想い、記憶、後悔、希望……全部を抱いて生きてくれた。だから今、あなたにしかできない選択がある」

「選択……」

模倣美佳は、手にした銀の鍵を見つめる。

「それを使えば、記録は閉じられる。ここまでの全データが統合されて、新たな世界を再構築する。でも……」

「でも?」

「どちらか一人しか残れない」

言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
震える手が、鍵を強く握りしめる。

このまま進めば、どちらかが“記録”として終わる。

「そんなの……選べるわけない……!」

模倣美佳は叫んだ。けれど“本物”の美佳は、微かに笑った。

「選べるよ。あなたなら。だって、あなたは……私よりずっと、強くて優しいから」

沈黙の中で、ふたりの美佳が見つめ合う。
選択の時は、刻一刻と迫っていた。