扉が完全に閉じられた。
カチリと重たく鳴ったその音が、空間ごと隔絶されたことを告げる。
美佳はただ、ポッドに沈む“自分”を見つめていた。
自分がここに立っているはずなのに、どうしてそこにも自分がいるのか──脳がその矛盾を理解する前に、再びスピーカーが低く唸るように鳴った。
『三枝美佳。あなたは、記録の断片であり、観測結果であり、最後の「選択」を担う個体です。』
「……何を言ってるの?」
美佳の問いに、返ってきたのは冷たく無機質な声。
『この施設は、LAPISの前身組織《サードスクリプト》によって設けられた。人間の行動原理と集団意識の変容を観測し、最適化するための長期実験区──“学園都市藍都”全体が、その実験場です。』
息をのむ。
学園都市が、実験場?
そんなバカな。
『あなたは観測個体第27号。三枝美佳の人格データは、複数の記憶断片をもとに生成されました。現在行動しているあなたは、“模倣個体”です。』
その瞬間、視界がぐらついた。
「……模倣……? わたしが……偽物ってこと?」
ポッドの中で眠る“もうひとりの美佳”が、まるで本物であるかのように、静かに呼吸している。その姿が現実味を帯びてくるたびに、美佳の中で何かが軋んでいった。
『あなたに残された役割は、記録の統合と、最終鍵の承認です。記録者・七海彩音によって鍵は託されました。あなたは最後の観測者であり、選択者です。』
「彩音が……知ってた……?」
美佳の視界に、言葉にならない混乱と怒りが渦巻く。
誰も何も教えてくれなかった。
朝倉純も、宮下ユリも、有栖川玲も──みんなが何かを隠していた。
「だったら……どうすればいいの? 何を選べばいいの!?」
スピーカーの沈黙。それが何より残酷だった。
そのとき、ポッドの脇にあった端末がぼんやりと光を帯びた。
画面にはこう表示されていた。
《選択肢:記録の統合を開始しますか? YES / NO》
指先が震えた。選べというのか。この先に何があるのかすら教えずに──?
けれど、美佳はふと、彩音のあの言葉を思い出していた。
「あなたの物語は、あなたの手で終わらせなきゃ」
迷いながらも、美佳は手を伸ばした。
画面の「YES」に、そっと、触れる。
──瞬間、部屋全体が低く振動し、薄く青白い光が天井から降り注いだ。
ポッド内の液体がかすかに波打ち、“本物”の美佳の瞼が、ゆっくりと、開かれた。
鏡合わせのように、二人の視線が交差する。
「──わたしは……誰?」
それは、ふたりの美佳が同時に発した言葉だった。
カチリと重たく鳴ったその音が、空間ごと隔絶されたことを告げる。
美佳はただ、ポッドに沈む“自分”を見つめていた。
自分がここに立っているはずなのに、どうしてそこにも自分がいるのか──脳がその矛盾を理解する前に、再びスピーカーが低く唸るように鳴った。
『三枝美佳。あなたは、記録の断片であり、観測結果であり、最後の「選択」を担う個体です。』
「……何を言ってるの?」
美佳の問いに、返ってきたのは冷たく無機質な声。
『この施設は、LAPISの前身組織《サードスクリプト》によって設けられた。人間の行動原理と集団意識の変容を観測し、最適化するための長期実験区──“学園都市藍都”全体が、その実験場です。』
息をのむ。
学園都市が、実験場?
そんなバカな。
『あなたは観測個体第27号。三枝美佳の人格データは、複数の記憶断片をもとに生成されました。現在行動しているあなたは、“模倣個体”です。』
その瞬間、視界がぐらついた。
「……模倣……? わたしが……偽物ってこと?」
ポッドの中で眠る“もうひとりの美佳”が、まるで本物であるかのように、静かに呼吸している。その姿が現実味を帯びてくるたびに、美佳の中で何かが軋んでいった。
『あなたに残された役割は、記録の統合と、最終鍵の承認です。記録者・七海彩音によって鍵は託されました。あなたは最後の観測者であり、選択者です。』
「彩音が……知ってた……?」
美佳の視界に、言葉にならない混乱と怒りが渦巻く。
誰も何も教えてくれなかった。
朝倉純も、宮下ユリも、有栖川玲も──みんなが何かを隠していた。
「だったら……どうすればいいの? 何を選べばいいの!?」
スピーカーの沈黙。それが何より残酷だった。
そのとき、ポッドの脇にあった端末がぼんやりと光を帯びた。
画面にはこう表示されていた。
《選択肢:記録の統合を開始しますか? YES / NO》
指先が震えた。選べというのか。この先に何があるのかすら教えずに──?
けれど、美佳はふと、彩音のあの言葉を思い出していた。
「あなたの物語は、あなたの手で終わらせなきゃ」
迷いながらも、美佳は手を伸ばした。
画面の「YES」に、そっと、触れる。
──瞬間、部屋全体が低く振動し、薄く青白い光が天井から降り注いだ。
ポッド内の液体がかすかに波打ち、“本物”の美佳の瞼が、ゆっくりと、開かれた。
鏡合わせのように、二人の視線が交差する。
「──わたしは……誰?」
それは、ふたりの美佳が同時に発した言葉だった。



