扉の奥は、意外なほど静かだった。
ギィ……という鈍い音と共に開いたその空間は、旧校舎の一室のはずなのに、まるで異質な空気をまとっていた。

コンクリートの壁。蛍光灯の明かりはなく、床に沿って這う薄青い非常灯だけが頼りだ。まるで地下施設のようだ、と美佳は思った。ここが、鍵で開けられる“場所”なのだとしたら、誰が、いつから、なぜ用意したのだろう。

一歩。
また一歩。
足音だけが反響する空間を進むうちに、美佳はやがて奇妙な装置の並ぶ部屋へとたどり着いた。コンソールのようなもの、電源の切れた端末、無造作に積まれたファイルやレポート……。

「まるで……LAPISの研究所……?」

目をこらすと、壁の一部に見覚えのあるマークがあった。
LAPISのロゴ。それが色褪せたまま刻まれている。

「この旧校舎の地下に……?」

まさか。そんな施設が存在するなど、誰も知らされていなかったはずだ。教師も、生徒も。

ファイルの一つを開いた美佳は、そこに自分の名前があることに、目を見張った。

『観測対象:三枝美佳/第27フェーズ評価ログ』
『記憶影響因子:安定。被験者の認識変容は段階的に進行中』

ページをめくるごとに、美佳の身体が固まっていった。
自分が「観測対象」であると記され、過去の行動、感情の揺れ、交友関係──すべてが記録されていた。

「……どういうこと……?」

そのとき、部屋の奥の壁が僅かにスライドし、さらに奥の空間が現れた。低く唸るような機械音と共に。

警戒しつつも、引き返すという選択肢はもうなかった。
美佳は手にした鍵を強く握り直し、踏み込んだ。

そこには、一つのポッドがあった。
透明な強化ガラスの中、液体に沈められた何か──いや、誰かの姿が浮かんでいた。
細い肩、長い髪。そして……見覚えのある顔。

「……私……?」

自分と瓜二つの人物が、装置の中で眠っていた。
頭の中が一気に真っ白になった。現実感が崩れていく。

「なんで……わたしが、こんなところに……?」

背後で、スピーカーがカチリと鳴る音がした。

『記録データ確認。対象:三枝美佳、識別一致──』

そして合成音のような女性の声が続いた。

『観測フェーズ27、最終段階に移行します。扉は閉じられました。覚悟は、ありますか?』

部屋の扉がゆっくり閉まり、静寂が戻る。

美佳の手の中で、銀の鍵がかすかに熱を帯びていた。