目が覚めると、天井は薄暗く霞んでいた。蛍光灯の音が、遠くで揺れている。

「……夢?」

 美佳は呟いた。だが身体の重さは現実そのもの。喉が渇いていた。何時間眠っていたのか、わからない。部屋は静まり返り、窓の外は薄い灰色をしていた。

 時計を見る。午前四時。まるで時間の感覚すら欺かれているような気がした。スマホに手を伸ばすと、そこには未読のメッセージがひとつ。

《アンケート通知:あなたの記憶に関する追加調査が必要です》

 再び、それだ。

 アンケート。その通知音を聞くたびに、胸の奥がざわつく。だが今回のメッセージには、これまでになかった記述があった。

《あなたの提出した過去記録に矛盾が検出されました》

 過去記録……? そんなものを提出した記憶はない。だが美佳は思い出そうとした──同窓会、七海彩音との再会、失われた記憶、そして“ミオ”。

 ふいに、背筋を冷たいものが這った。

 そのとき、スマホがブルッと震える。画面に浮かんだのは、非通知の着信。指が動かず、見ている間に切れた。だが、次の瞬間に音声メッセージが届く。

『美佳……聞こえる? あなたの記憶が、危ない。東郷が動いてる。──気をつけて』

 震える指で再生を止める。声は、宮下ユリのものだった。

 ユリ……彼女は今どこに? 再構築プログラムが始動してからというもの、連絡が取れないままだった。

 誰が味方で、誰が敵なのか。LAPISの本部が藍都学園都市のどこかにあると聞かされてから、美佳の中では世界の輪郭が揺らいでいた。

 情報が断片的で、繋がらない。自分の記憶すら信用できない現実で、何を信じればいいのか。

 ふと、部屋のドアの向こうからわずかな気配を感じた。息を飲み、そっと立ち上がる。足音を殺して扉に近づき、覗き穴を覗くと──誰もいなかった。

 だが、床に小さな封筒が落ちていた。

 封筒を拾い、封を切ると、そこにはタイプされた一文だけが書かれていた。

《あなたの記憶は借り物です》

 息を止める。紙の隅には、見覚えのあるロゴ──LAPISの紋章。

 何が本物で、何が偽物なのか。真実と偽りの境界が、音もなく崩れていくのを感じていた。

 “記憶”の崩壊。それは静かに、そして確実に進行していた。