美佳と純は、会場の出口に向かって走り出した。だが、すでに扉は自動ロックされ、ガラスの向こう側にいた警備ロボットが無機質な音声で告げる。

「安全措置発動中。退室は許可されていません」

「くっ……!」

純が拳を振るうが、分厚い強化ガラスはびくともしない。会場の中央では、有栖川玲が微笑みながら見下ろしていた。まるで予定された“反応”を待っていたかのように。

「逃げようとしても無駄よ。この“記憶同期空間”からは、許可されたプログラムがなければ出られない」

玲の言葉に、観客たちは一斉にざわめいた。

「プログラム……?」

美佳は懐から、先ほど七海彩音に手渡されたペンダントを取り出した。琥珀色のガラス玉の中心が、微かに青く点滅している。なぜか、それが“鍵”のように思えた。

(これ……試すしかない)

美佳がペンダントをガラスにかざすと、光がガラス面に吸い込まれるように拡がり──カチリ。

「えっ……開いた!?」

純が驚きの声を上げる。扉がゆっくりと開き、通路が現れた。

「美佳、それ……?」

「わからない。でも、彩音が“必要になる”って……!」

ふたりは通路へと飛び出した。直後、背後で警報が鳴り響き、警備ドローンが起動する。

《逃走者確認──制圧モードへ移行》

「急げ!」

廊下を走り抜けるふたり。施設の中は、かつての学園都市の記憶とはまるで違っていた。むき出しの配線、ガラス張りのカプセル、眠るように横たわる人影──。

「まるで……人体実験の施設……」

純が立ち止まりそうになるのを、美佳が引っ張る。

「迷ってる時間はない。あの声が言ってた。“鍵”になれって」

「……わかった」

ふたりがたどり着いたのは、かつての旧・藍都学苑の中枢施設、「塔」と呼ばれていたビルの地下だった。そこには、LAPISの中枢コアが封印されている──と噂されていた場所。

扉の前で、美佳のペンダントが再び点滅する。まるで導かれるように。

「──ようこそ、三枝美佳」

自動音声が響いた瞬間、目の前の扉が音を立てて開いた。

そしてふたりの前に広がったのは、巨大なホログラフィック・スクリーンと、無数のケーブルに繋がれた記憶バンクの群れ。

「ここが……LAPISの心臓部……」

そのとき、再びあの“声”が響いた。

「ここから、書き換えを止めなさい。あなたの中の“本物の記憶”が、偽りを上書きする唯一のデータ」

美佳は静かに目を閉じた。そして──

「私の、記憶で……世界を塗り替える」

指先が、制御端末に触れる。

すべては、この“再構築”に抗うために。