スクリーンに浮かび上がった無数の顔写真が、次第に色を変え、青い光に染まっていく。その中央に、大きく「SYCHRONIZATION IN PROGRESS」の文字が点滅した。

「やばい……これ、マジで同期されてるのか……?」

翔が小さく呟いたその声は、誰にも届かない。空間は重く沈み、誰もが息を呑んだまま沈黙していた。けれど、ただひとり、美佳だけが妙な感覚に包まれていた。

(頭が……痛い……なに、これ……)

まるで、誰か別の記憶が流れ込んでくるような感覚。自分の記憶のすき間に、知らない景色が混ざってくる。見知らぬ実験室、透明な液体に浮かぶ無数のカプセル。手にしたタブレットには、こう記されていた。

「記憶統合 第37被験体:ミカ・サエグサ」

「っ……!」

思わず立ち上がる。額に汗がにじみ、膝が震えた。自分は、過去に一度……いや、何度もこの実験の“中”にいた?

「……美佳? どうしたんだ、顔色が……」

純が隣で支えるように声をかけたが、美佳は答えられなかった。目の前に広がる映像が、ただのCGではないと確信していた。

「皆さん、落ち着いてください」

有栖川玲の声が会場に響く。

「今、皆さんの脳波と記憶領域は、段階的に“重ね合わせ”の処理に入っています。この同期化は、あなた方自身が“選択”した未来に導くプロセスなのです」

「選んだ覚えなんて……!」

誰かが叫ぶ。だがその叫びも、壁に吸い込まれるように消えていく。退出すらできないこの空間で、彼らの声は無力だった。

だが、次の瞬間。

パチッ──。

会場の一角で、何かが切れる音がした。電気か、回線か。瞬間的に一部の照明が落ち、画面が数秒だけ乱れた。そしてその間隙に──。

「……聞こえる? 三枝美佳」

どこからか、声が届いた。

(えっ……誰?)

頭の中に直接響くような声。機械的でありながら、どこか人間味を感じさせる女性の声。

「あなたは、特異点にいる。干渉が可能な、唯一の存在。私たちの“鍵”よ」

(わたしが……鍵?)

「このまま統合されれば、世界は新たな記憶で上書きされる。現実さえ、塗り替えられる」

そのとき、美佳の瞳に光が差した。記憶の中に一瞬、あの廃工場のロゴが浮かんだ。

《LAPIS: Logical Algorithmic Parallel Integration System》

(──統合を止める鍵が、どこかにある)

「……純、行こう」

「え?」

「ここにいてもダメ。どこかに、止められる場所がある。きっと、わたしたち……まだ間に合う!」

美佳の手が、純の腕を強く掴んだ。同期化は進んでいる。でも、完全には終わっていない。

残された時間は、ほんのわずか。

でも、そのわずかな“ノイズ”が、世界の再構築を狂わせる唯一の可能性だった。